チャーリー(1992):映画作品情報・あらすじ・評価|MOVIE WALKER PRESS 映画
チャーリー(1992)
チャーリー(1992)
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チャーリー(1992)

1993年4月24日公開、伝記
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サイレント映画の時代から赤狩りでハリウッドを追われるまで世界の喜劇王として活躍したチャールズ・チャップリンの半生を描く伝記ドラマ。監督・製作は「遠い夜明け」のリチャード・アッテンボローで、彼の「ガンジー」を10回以上観たというチャップリンの未亡人ウーナの許諾を得て実現した企画である。共同製作は「氷の微笑」のマリオ・カサール。アッテンボローの製作会社に所属するダイアナ・ホーキンスの原案で、チャップリン自身の手による「チャップリン自伝」(新潮社・刊)と、この作品の歴史顧問も務めるデイヴィッド・ロビンソンの、徹底した調査に基づいて全生涯を再現したドキュメント「チャールズ・チャップリン」(文藝春秋・刊)を原作に、小説家でもあるウィリアム・ボイドと、ブランアン・フォーブス、「ミザリー」のウィリアム・ゴールドマンが共同で脚本を執筆した。撮影は「存在の耐えられない軽さ」のスヴェン・ニクヴィスト、音楽は「ダンス・ウィズ・ウルブズ」のジョン・バリーが担当。主演は「エア・アメリカ」のロバート・ダウニー・ジュニア。チャップリンの娘で、「モダーンズ」のジェラルディン・チャップリンが自身の祖母にあたるハンナを演じている。他に「スニーカーズ」のダン・エイクロイド、「冬の恋人たち」のモイラー・ケリー、「ワンダとダイヤと優しい奴ら」のケヴィン・クライン、「ストリート・オブ・ファイヤー」のダイアン・レインらが共演している。

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ストーリー

ロンドンの芝居小屋の舞台を見つめる少年、チャーリー。舞台の上には彼の母ハンナ(ジェラルディン・チャップリン)がいた。突然彼女が体調をくずし、母の代わりに舞台に飛び出した少年の見様見真似の芸に観客は熱狂した。ハンナの発狂により、チャーリーと母と兄シドニーの、貧しくともささやかな幸福に満ちた生活は終わりを告げた。チャーリー(ロバート・ダウニー・ジュニア)は兄の勧めで名門カルノー一座に入り、看板俳優にのし上がった。コーラス・ガールのヘティ(モイラ・ケリー)との出会いもそんな頃だった。アメリカ巡業に旅立ったチャーリーは、そこで映画に出会い、ハリウッドからの招きを受けて映画界に飛びこんでいった。大プロデューサーのマック・セネット(ダン・エイクロイド)に認められ、リトルトランプとして世界中の人気者になったチャーリーは、莫大な富と名声を得た。しかし、ヘティの結婚や母の病気など私生活は順調とは言えなかった。それでも親友ダグラス・フェアバンクス(ケヴィン・クライン)、エドナ・パーヴァンス(ペネロープ・アン・ミラー)など良い仲間に囲まれたチャーリーは、次々と傑作を撮り続けた。ロンドンへの凱旋の途中ヘティの死を知ったチャーリーは、故郷への想いを断ち切った。アメリカに戻った彼は、サイレントからトーキーへの移行、世界恐慌などを前に次々と映画を撮り続け、リタ・グレイ、ポーレット・ゴダート(ダイアン・レイン)とのロマンスが世間を騒がせた。忍びよるファシズムの影に怒りを感じたチャーリーは「独裁者」を発表し、FBIから政治的危険人物としてマークされてしまう。ようやく最愛の女性ウーナ・オニール(モイラ・ケリー)と出会ったチャップリンだったが、父親認知裁判のスキャンダルに巻き込まれ、やがて吹き荒れる赤狩りの嵐の中、チャーリーは家族と共にアメリカを去り、政府は彼らの再入国を禁じた…。そして20年後、アメリカ映画界はチャーリーにアカデミー特別賞を贈呈するため彼を授賞式に招き、拍手の中でチャーリーは過去を懐かしむのだった…。

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作品データ

原題
Chaplin
製作年
1992年
製作国
アメリカ
配給
東宝東和
初公開日
1993年4月24日
製作会社
カロルコカナル+RCS作品
ジャンル
伝記


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