恋多き女(1956):映画作品情報・あらすじ・評価|MOVIE WALKER PRESS 映画
恋多き女(1956)
恋多き女(1956)
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恋多き女(1956)

1957年9月10日公開、99分、コメディ
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「フレンチ・カンカン」のジャン・ルノワールが原案を書き、ジャン・セルジュとともに脚本を執筆、台詞・監督をも担当したコメディ。十八世紀末のブーランジェ事件に取材し、ルノワール自らこれを“ファンテジー・ミュジカル”と名づけている。撮影監督は「ピカソ・天才の秘密」のクロード・ルノワール、音楽は「他国者は殺せ」のジョゼフ・コスマ。主演は「追想」のイングリッド・バーグマン、「忘れえぬ慕情」のジャン・マレー、「葡萄の季節」のメル・フェラー、「七つの大罪」のジャン・リシャール、「夜の騎士道」のマガリ・ノエル。シャンソン歌手のジュリエット・グレコが出演、コスマ作曲の「ミアルカ」を、同じくマルジャヌが「パリに御用心」を歌う。2018年3月3日より川崎市アートセンターにてデジタル修復版を上映(配給:川崎市アートセンター)。

ストーリー

今世紀の初め、まだ“ベル・エポック”といわれる良き時代の空気の残るパリの街。エレナ(イングリッド・バーグマン)というポーランドの公爵夫人がいた。彼女はロシヤ軍の祖国侵入とともに叔母のオルガと二人パリに亡命して来たのだが、その美貌は類いまれなもの、その彼女は一つの情熱--他人の役に立つということに一切を賭けていた。他人に偉大な仕事をなし遂げるだけの力を与える女神と自ら信ずるエレナは、その相手に純粋な愛情を捧げるのである。が一たび相手が成功し目的を達すると彼女は忽ち彼らを捨て去ってしまう、そういう女だった。かねて後援していた無名の作曲家リオネルが成功、結婚を申込んできたがエレナは見向きもしない。リオネルに別れを告げた日、それは革命記念日だったが、エレナは、家計の不如意を嘆く叔母を慰めようと富裕な靴製造業者マルタン・ミショオ(ピエール・ベルタン)の求婚に応じた。喜ぶミショオの馬車でパリ祭で賑う町に出たエレナは、当日の英雄ロラン将軍(ジャン・マレー)の閲兵式を見ようと群衆の流れに身を投じた。興奮のさ中、エレナは、たまたま将軍の友人だというアンリ・ド・シュヴァンクール伯爵(メル・フェラー)と知合い、将軍に会いに行った。エレナは将軍に、彼女の愛情と助力の象徴であるひな菊の花を贈った。霊験はあらたか、将軍はその場で陸軍大臣就任の交渉を受けた。だが、将軍の異常な人気は彼を取巻く政治家たちの利用するところとなり、彼らは将軍を独裁者に祭り上げその下で甘い汁を吸おうとした。その頃、フランスの気球観測隊員がドイツ領に不時着、捕虜となる事件が起きた。アンリは時の英雄ロラン将軍に断固たる措置を促し、エレナにその説得を頼んだ。エレナは、この新しい使命に夢中となり、ミショオとの婚約も破棄、将軍のもとを再び訪れた。パリ祭の日、エレナの美貌に強く魅かれた将軍は彼女の愛を条件にドイツ側へ最後通牒を発し逮捕された将校を取返した。ロラン将軍は人気の頂点に立った。が、将軍の人気に危機を察した政府は突然彼を陸軍大臣の職から罷免、田舎の師団長に左遷した。ロランを取巻く一派がクーデターを計画するが、これも政府側に知られ挫折、将軍はアンリとエレナの助けで師団司令部を脱出した。が、このとき彼は政治に愛想を尽かしていた。一方、アンリも、ようやく自分が愛していたのはエレナと覚り彼女に真剣な愛情を訴えた。エレナも今や“使命”ではない真の愛情に目覚めアンリの胸に抱かれた。ロラン将軍は古い恋人のポーレットと二人、南仏へと去った。

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作品データ

原題
Elena et les Hommes
製作年
1956年
製作国
フランス
配給
東和
初公開日
1957年9月10日
上映時間
99分
製作会社
フランコ・ロンドン・フィルム
ジャンル
コメディ


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