昭和残侠伝 唐獅子牡丹|MOVIE WALKER PRESS
MENU
昭和残侠伝 唐獅子牡丹
昭和残侠伝 唐獅子牡丹

昭和残侠伝 唐獅子牡丹

1966年1月13日公開,89分
  • 上映館を探す

動画配信

  • amazon-prime

評価、レビューが削除されますがよろしいでしょうか?

「昭和残侠伝」でコンビの山本英明と松本功が共同でシナリオを執筆、第一作以来コンビの佐伯清が監督した“昭和残侠伝”シリーズ第二作目。撮影は「おんな番外地 鎖の牝犬」の林七郎。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

大谷石の特産地として名高い宇都宮の石切場は、榊組をはじめとする、幾つかの組の者が仕切るならわしだったが、新興勢力左右田組の組長寅松は榊組をつぶし、縄張りを拡張しようともくろんでいた。この寅松には弥市、宗二、徳三の三人の息子がいたが、いずれも暴れ者揃いで町中の鼻つまみものになっていた。そうしたなかで花田秀次郎の弟分清川周平の許婚者くみに、弥市が横恋慕した。周平を思う秀次郎の弱味につけこんだ寅松は、周平、くみの縁結びを条件に榊組三代目秋山幸太郎を秀次郎に斬らせた。それから七年の歳月が流れ、秀次郎は刑務所を出た。今では石切場は、左右田組がはばをきかせ、幸太郎を失った榊組は、未亡人八重の必死の努力もむなしく斜陽の一途をたどるばかりであった。秀次郎は出所するとすぐ、心ならずも斬ってしまった幸太郎の墓参に寄った。そこには八重と幸太郎の忘れ形見和夫の姿があった。何も知らない和夫は秀次郎に甘え、八重も心よく秀次郎を家に招いた。そのころ榊組には、この山の持主田代栄蔵の口ききで陸軍省から石千トンの注文が舞いこんでいた。榊組は今までの不況をこれで一気にもり返そうと張切つた。だが一方の左右田組は御用達の注文から外され面白いはずはなく、手段を選ばぬ非道ぶりで、榊組の仕事を妨害した。またそのころ、影に陽なたに八重を助けて罪のつぐないをしようとしていた秀次郎も、八重をだまし続けることが出来ず、幸太郎殺しを八重に告白した。ちょうどその時、幸太郎と八重を結ばせるため自から身を引いて満州に渡っていた榊組の元幹部畑中圭吾が帰ってきた。事情を知った圭吾は秀次郎と対決した。しかし八重が必死に二人を止め、二人はその場を去った。が、目指すところは二人とも同じだった。寅松のいる左右田組に向う途中二人はばったり顔を合せた。志を一つにする二人は、互いの非をわび、ガッチリと手をにぎり合った。まず圭吾が、単身左右田組に殴り込み、宗二と相討ちで倒れた。そして次は秀次郎--凄絶な死闘の末秀次郎は寅松、弥市、徳三を斬った。よろめきながら一人山を降りる秀次郎の背中の唐獅子牡丹が鮮かであった。

作品データ

製作年
1966年
製作国
日本
配給
東映
上映時間
89分

[c]キネマ旬報社

  • rikoriko2255

    やまひで

    3.0
    2008/9/23

     小雪の降る中、三上(池辺良)は、秀次郎(高倉健)に傘を差しながら、画面の左奥から中央に歩いてくる。恐らく、分かれ道であるのであろう、そこで二人は立ち止まり、三上、道の向こうを首で指しながら、
     三上:「秀次郎さん、駅は向こうですぜ。」
    秀次郎、少し言いよどんで、目をそらしながら、
     秀:「へえ。・・・まだ、用足しが残っているんですよ。」
    三上、秀次郎から目を逸らし、遠くを見つめるようにして、
     三上:「そいつは私に任しておくんなさい!」
    秀次郎、三上を見返すが、三上、続けて、
     三上:「一家のもんが陰に日向にお世話になったそうで、礼を言わしてもらいます。」
    秀次郎、三上を見据えたまま、
     秀:「三上さん、あんたはここに残らなくちゃならないお人だ。」
    遠くを見据えていた三上が今度は秀次郎を見返す。秀次郎、続けて、
     秀:「もし、あんたがいなくなったら、姐さんや榊組は一体どうなるんです。あっしに行かしてやっておくんなさい!」
    三上、秀次郎に体を向けなおして、
     三上:「ここであんたを行かしたんじゃ、榊組の面目が立ちません。気持ちだけはありがたく頂戴いたしやす。」、と三上は頭を下げる。
    すると、秀次郎、少し間をおいて、斜め下を見ながら、
     秀:「あっしは、まだ幸太郎親分には本当の詫びは済ませちゃいねい。・・・せめて顔向けの出来る男にしてやっておくんなさい。」
    ここで、二人を斜め正面から撮っていたアングルが変わり、三上の右からのアップ、もう一度アングルが変わって、秀次郎の左からのアップ。この間、二人は無言ながら、相手のますらおだちに感服。また、アングルが三上のアップのアングルに戻ると、
     三上:「秀次郎さん!」、秀次郎のアップで、
     秀:「三上さん!」
    すると、思いがけなくもアングルは俯瞰アングルへと移り、画面の上四分の一に小雪に降られた番傘が写り、番傘の柄をほぼ中央に、右に三上、左に秀次郎。ここで、待っていましたとばかりに例の『唐獅子牡丹』のテーマソングが流れ込んでくる。(個人的には「義理と人情を秤に掛けて・・・」の歌詞の方が詩的に勝っていると思う。)二人は意気投合しあいながらも、未だ無言である。何かを言おうとした三上ではあったが、やはり無言のまま、傘の柄を右手から左手に持ち替える。三上は、その右手を懐に入れて、中から手拭を出し、すっと秀次郎の左肩にかかった小雪を一度払い除けてやる。それを小首をかしげるようにして見る秀次郎。秀次郎、三上をまた見つめなおすが、その間に三上は傘の柄をまた右手に持ち替える。それを合図にでもしたかのように、二人は向きを変え、並んで死地への道行きを続けるのであった。
     1950年代の映画の黄金時代が過ぎ、股旅物・時代劇から変わって、1960年代初頭から、東映は所謂「任侠路線」を取る。その、切っ掛けになったのが1963年作の『人生劇場・飛車角』のヒットであった。所謂「実録路線」の『仁義なき戦い』(1973年作)を次の切り目と考えると、1963年から1973年の10年間が健さんの桧舞台だったと言える。その中でも、本作品を含む、『昭和残侠伝』シリーズがその様式美と言い、嘱目の出来であったと言えるであろう。蓋し、「残侠」とは確かによき命名であり、仁義のなくなった八九三者が、その後の暴力団同士の抗争の主役となり、果ては、企業ヤクザに成り下がるのであった。任侠とは本来、「仁俠(人が三つある「きょう」)」のことであり、自らの命をも顧みずに他者を助けようとする、言葉の真正な意味での「仁」の心と「義」の行いのことを言うのである。

    続きを読む + 閉じる -
    ネタバレあり
    違反報告