津軽絶唱:映画作品情報・あらすじ・評価|MOVIE WALKER PRESS 映画
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津軽絶唱
津軽絶唱

津軽絶唱

1969年4月12日公開、95分
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「闇を裂く一発」の菊島隆三が脚本を執筆し、劇映画第一作の岡本愛彦がメガホンをとった青春もの。撮影は「ザ・タイガース 華やかなる招待」の村井博。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

部屋に飾られたレコード大賞授賞のスナップ、種々のゴールデン・カップ。しかし、今の夏川圭一にとっては、総てがやるせない過去のものだった。そんな彼に、一冊のノートが送られて来た。それは、雪深い青森県下北に住む本多くに子からのものだった。くに子は、人気歌手圭一の熱烈なファンだった。だから、圭一が地方公演で函館に来た時には、天にも昇るような感激を味わった。リサイタルが終ると、くに子は、マネージャーの計いで、圭一に会い、美しい自然の中で結ばれた。だが圭一にとって、それは行きずりのたわむれに過ぎなかった。二ヵ月後、くに子は圭一の子供を宿していることを知った。やがて、函館へ出たくに子は、叔母の許で男の子を出産、圭一の一字を取って圭次と名付けた。そんな折、くに子の父親が転落事故で入院、バーに勤める彼女はお金のために身体を売った。だが父は間もなく世を去ってしまった。圭一が婚約したのはそんな折だった。くに子は圭次と共に生き抜く覚悟をしていたが、婚約ニュースはショックだった。圭一が、ふたたび函館を訪れた。くに子は主演映画のロケーションに来た圭一を尋ねたが、圭一の記憶に自分を甦えらせることは出来なかった。それから間もなく、圭一は、人気歌手の王座から落ちた。自暴自棄になった圭一は、酔っぱらい運転で人を轢き、マスコミ界からシャット・アウトされてしまった。このニュースでくに子は愕然、圭次から眼を放した隙に二階から転落死した。くに子は自分の不注意から生甲斐を失ってしまった。圭一は、手許に残ったくに子の日記から真実の愛にめざめた。が、日記の最後には、くに子の自殺が暗示されていた。とるものもとりあえず、圭一は函館に向った。下宿にくに子の姿はなかった。死ぬなら立待岬でとのくに子の言葉を思い出し圭一は岬にむかった。舞いつづける雪。圭一の意識はもうろうとしてきた。その時くに子の声が聞えた。圭一はくに子の胸に顔をうづめた。

作品データ

原題
Gone with Love,Come with Memory
製作年
1969年
製作国
日本
配給
東宝
上映時間
95分
製作会社
東京映画

[c]キネマ旬報社

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