『スパイの妻』黒沢清監督・濱口竜介・野原位の師弟座談会が実現「こういう恩返しがあるのか、と思いました」 - 3ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
『スパイの妻』黒沢清監督・濱口竜介・野原位の師弟座談会が実現「こういう恩返しがあるのか、と思いました」

インタビュー

『スパイの妻』黒沢清監督・濱口竜介・野原位の師弟座談会が実現「こういう恩返しがあるのか、と思いました」

「俳優、スタッフの力を結集すれば、現代の日本映画でも、こういう作品を作ることは可能なんだと思いました」(黒沢)

【写真を見る】黒沢監督と愛弟子の濱口竜介、野原位がクロストーク
【写真を見る】黒沢監督と愛弟子の濱口竜介、野原位がクロストーク[c]2020 NHK, NEP, Incline, C&I

濱口「では、優作が回した短編映画のスキルについてはどう考えたらいいのでしょうか?」

――確かに、あの短編映画は、往年のハリウッド映画を思わせる画力がありました。特に、蒼井優さん演じる聡子が、イングリッド・バーグマン並に美しく撮られていました。

黒沢「あそこもいろいろ考えました。もっと下手なほうが良かったのかな。でも下手に撮ると、ドラマ上の快楽がぐっと減少するんじゃないかな。そういう意味では、脚本上でものすごく難しいことを要求されていた気がします」

濱口、野原「本当にすいません(笑)」

クラシックな装いの蒼井優が非常に美しい!
クラシックな装いの蒼井優が非常に美しい![c]2020 NHK, NEP, Incline, C&I

黒沢「迷ったんですよ。その結果、素人の優作が、頑張ってハリウッド映画もどきを撮ったことにしました。最後はなんとトラックバックまでしてます(笑)」

濱口「確かに、あそこはああじゃないと」

――でも、優作が映画好きで、溝口健二の新作は必ず観に行くと言っていたので、そこは説得力があったのではないかと。

濱口「溝口の新作についての台詞を書かれたのは黒沢さんです」

黒沢「あの時代に、9.5mmのフィルムで家族の記録映像を撮る人はいたと思うけど、優作は趣味でフィクションを撮っていたから、相当な映画好きでしょう。だから、あのくらいの映像は撮れるんじゃないかと思いました」

――蒼井優さん、高橋一生さんとの掛け合いのシーンは、随所でしびれました。

濱口「なかでもすごいと思ったのは、優作が満州で見たものを聡子に語るシーンです。脚本で長台詞を書いたのですが、一体どうやって撮るのかなと思っていたんです。黒沢さんの教えとして、『人間がしゃべる言葉として、台詞が3行以上あるのはおかしい』と言われていたのですが…」

野原「あのシーンの台詞、ずいぶん長かった気がします」

黒沢「2ページにわたっていたよね」

濱口「だからこそ、黒沢さんに撮っていただきたかったシーンです。まずは、高橋さんの“映像喚起力”がすごかったですね。言葉を発するたびに、情景が浮かぶ。その後、高橋さんがフレームの外に出ていっても、想像がどんどん広がっていく。そして、優作に対して聡子が激情にかられて、蒼井さんの声もうねっていく。一番大事で一番危険なシーンを、最高の形でやっていただきました」

聡子は、反逆者と疑われる夫を信じようとする
聡子は、反逆者と疑われる夫を信じようとする[c]2020 NHK, NEP, Incline, C&I

黒沢「高橋さんや蒼井さんは、あれくらいの長回しでは全然動じません。NHKの技術スタッフと組むのは今回が初めてだったので、少し緊張しましたが、やってみたら、あっという間に撮れました。彼らは大河ドラマなどで長回しはお手の物なんです。あの大変なシーンは、撮影2日目に撮ったのですが、そこを楽々乗り切れたことで、すごい信頼関係が生まれたので、そこは良かったと思います」

――黒沢さんが会見で語っていた「社会と個人がどうあるべきか」という映画のテーマについて、もう少し聞かせてください。

黒沢「映画の場合、どんな物語を扱おうとしても、必ず社会と個人の問題に突き当たる。それはやりたいテーマというよりは、避けては通れない課題だという意味です。例えば社会派ドラマだけではなく、ホラーや恋愛映画であっても、社会のルールや規律のなかで、個人が幸福を求めていくと、必ず壁に激突し、そこに緊張や葛藤が生まれると思います」

ある計画を練る聡子と優作
ある計画を練る聡子と優作[c]2020 NHK, NEP, Incline, C&I

濱口「僕が黒沢さんの授業で覚えているのは、シナリオにおけるラブストーリーとメロドラマの違いです。2人の愛が成就して終わるのがラブストーリーやラブロマンス、でも、メロドラマは2人の愛が成就した瞬間、社会との葛藤が始まる。それを聞いた時、胸を衝かれたような気持ちになりました。『スパイの妻』も、歴史ものや戦争ものなど、いろいろなジャンルで表現されますが、僕自身は第一にメロドラマというところで、黒沢さんの教えを実践した感じです」

――まさに、黒沢監督から学んだスキルが活かされた脚本だったわけですね。黒沢監督は、本作にどのような手応えを感じられたのでしょうか?

黒沢「念願だったこの時代のドラマをようやく撮れました。俳優、スタッフの力を結集すれば、現代の日本映画でも、こういう映画を作ることが可能なんだと思いましたし、脚本の力も大きかったのではないかと。こんなに重いテーマを扱っておきながら、娯楽映画として、またジャンル映画として成立させられることを実証できたのだとしたら嬉しいです。日本の商業映画ではオリジナルの時代劇というのは滅多になかった分野ですが、今後も、もっといろんな娯楽映画のスタイルを模索していけるといいかなと思います」

取材・文/山崎伸子

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