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コラム 2021/6/7 9:30

聴覚を失いゆくバンドマンの選択は?現代社会のあらゆる“他人事”を“自分事”にしていく映画『サウンド・オブ・メタル』

コロナ禍という特殊な状況が続き、働き方やライフスタイル、映画ファンの“映画の楽しみ方”も変化してきた。動画配信サービスがますます存在感を増しているが、「自宅で手軽に映画を観られる」Amazon Prime Videoは、数ある定額制動画配信サービスの中でも代表格。しかも〈Amazonプライム会員サービス〉の中に含まれているので、動画だけでなく音楽配信や通販の無料翌日配送など、生活に密着した様々なサービスが付いてくる。そして配信サービスの雄としてオリジナルの映画やドラマに力を入れており、ほかでは見られない名作、話題作がズラリと並んでいるのだ。

そんなAmazonオリジナル映画から、今回は『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』をおすすめしたい。Amazon Prime Videoで独占配信中の本作は、第93回アカデミー賞で作品、主演男優、助演男優など6部門にノミネート。編集賞と音響賞の2部門を受賞した作品だ。パキスタン系英国人のリズ・アーメッドは、アジア系俳優として初の主演男優賞ノミネートとなった。

【写真を見る】上裸にタトゥー姿のバンドマン…メタルドラマーの彼が”聴こえなく”なったらどうする?
【写真を見る】上裸にタトゥー姿のバンドマン…メタルドラマーの彼が”聴こえなく”なったらどうする?Courtesy of Amazon Studios

アーメッド演じる主人公のルーベンが全身タトゥーの上半身裸の姿でドラムを叩いているという、なんともいかついポスタービジュアルに、『サウンド・オブ・メタル』というタイトルに含まれる「メタル」という単語。さらに冒頭から流れる刺激的なメタル音楽と、一見するとこれはハードな音楽映画なのだろうと思えてしまうのだが、決してそうではない。突然聴覚を失ってしまう主人公が、人との関わり合いを通して生きる意味を見出していく物語だ。もちろん“お涙ちょうだい”の闘病映画ともまるで違う。障がいという一つのテーマを通し、現代社会にあるあらゆる“他人事”を“自分事”にしていくための映画なのだ。

『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』より
『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』よりCourtesy of Amazon Studios

恋人のルーとデュオのメタルバンドを組み、ドラマーとして活動していたルーベン。ある朝彼は、いつも通りのモーニングルーティンのなかで聴覚の異常に気が付く。常にこもったような音に包まれ、人との会話さえもうまく聞き取ることができない。専門医の治療を受け、このままでは聴力が完全に失われてしまうことを知らされたルーベンは自暴自棄に陥っていく。それを見かねたルーは、聴覚障がい者のデフコミュニティを運営するジョーの元へとルーベンを連れていく。そして慣れない共同生活のなかでルーベンは、自分が必要とされている実感を取り戻していくのである。

ルーベンのように大音量の音楽に常に晒されているミュージシャンが、突発性の難聴を患うという話は頻繁に耳にする。もっともそれは音楽関係者に限った話でもなく、私たちがイヤホンを介して大音量で音楽を聴いたり、映画やYouTubeを観たりを繰り返していても起こりうること。

恋人とデュオを組んでいたルーベンは、ツアーに出る矢先だった
恋人とデュオを組んでいたルーベンは、ツアーに出る矢先だったCourtesy of Amazon Studios

この『サウンド・オブ・メタル』で描かれるできごとは、極めて日常的で、身近なトピックと言える。それまで当たり前にできていたことが突然できなくなった時、人間は誰しも元の状態を取り戻そうとして苦悩し、結局それが叶わないと知った途端に絶望のどん底へと突き落とされてしまうことだろう。それは“聴こえる”ことに限らず、“見える”こと、“動ける”ことでも同じである。

『サウンド・オブ・メタル』でルーベンが過ごすことになる、ジョーが運営するデフコミュニティにこそ、この映画が最も描こうとしている本質が表れている。一刻も早く手術を受けて聴覚を取り戻したいと願うルーベンに対し、ジョーは聴こえないままでもよりよく生きる術があることを伝えていく。また自分が必要とされている実感を求めて率先して動くルーベンに、ジョーは自分自身を見つめ直すために静寂と共にする時間を与えていく。

『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』より
『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』よりCourtesy of Amazon Studios

多くの物語において、主人公が新しい環境に足を踏み入れれば、そこで出会う人々の中で新たな恋を発見したり、理解し合える友人とめぐり会ったり、倒すべき悪と対峙したりということが頻繁に起こりうるが、本作にそうした安易でドラマティックな出来事は訪れない。各々が自分の置かれた環境や自分自身を受け入れ、相互に理解しながら正直に生きていこうとするプロセスが、時間をかけて淡々と過ぎていくばかりである。

それはメインの登場人物にも言えることであり、ルーベンは自分の願いを叶えることを諦めもせず、ジョーは信念を曲げず、そしてルーは健気にルーベンを支えようとする。最近は「まずは自助」などという言葉を耳にするが、「共助」があってこそ「自助」は成り立ち、おそらくそのさらに手前に「公助」があるから「共助」が存在できているのだと、『サウンド・オブ・メタル』から理解することができよう。


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