90分間ノンストップの恐怖…『アオラレ』が映画ファンならずとも必見の理由
温厚そうな人ほど怖い…名優のキレ演技に戦慄
本作のスリルをシチュエーション以上に増幅させているのは、やはりレイチェルを追い詰めるドライバーの男を演じるクロウの迫力満点の演技だ。見た目は丸々としているのにやたらとすばしっこく、銃で撃たれてもまったく動じないという特異なキャラクター性を、狂気をにじませて演じ切っている。
クロウといえばアカデミー賞主演男優賞を受賞した『グラディエーター』(00)では屈強な剣闘士を演じ、その翌年には『ビューティフル・マインド』(01)で統合失調症に苦しむ天才数学者を好演。『レ・ミゼラブル』(12)のようなミュージカルから『ナイスガイズ!』(16)のようなコメディなど、その演技力の高さはもはや説明の必要もないだろう。
近年では多くのいぶし銀俳優たちが、それまでのイメージをガラリと覆すようなキレ演技を披露し大きな話題を集めており、クロウもその仲間入りを果たしたといえよう。例えば日本でも大人気のアクションスター、ジャッキー・チェンが『ザ・フォーリナー/復讐者』(17)で、リーアム・ニーソンが『スノー・ロワイヤル』(18)で、それぞれ身内を殺されたことをきっかけに復讐の鬼と化し大暴れを繰り広げている。彼らとクロウに共通しているのは、「温厚そうな人ほど怖い」という、見た目とのギャップの凄まじさだ。
これまでも多種多様な役柄を演じ、どちらかというと善人役のイメージも強かったクロウだが、本作で見せたのはこれまで演じたどの役とも異なる、理不尽な強烈さ。数々の金字塔を打ち立ててきたクロウだが、ここにきてキャリアの新境地を開拓したと言ってもいいだろう。
何度でも起き上がる執念…狂気に満ちた悪役像
前項で紹介した“キレ演技”2作品には、いずれも復讐という明確な目的があった。しかし本作では、なぜそこまでする必要があるのか、その真意がまったく見えてこない。ほんの些細な出来事から執拗にレイチェルを追い回し、仲裁に入った無関係な人を車で跳ね飛ばし、さらにはレイチェルの周囲の人々にも危害を加えていく…。常人にはまるで見当のつかない不条理な行動の数々。これまで高く評価されてきたスリラー映画に共通しているものは、その理解不能な不条理さであり、観客に冷や汗をかかせるような狂気に満ち、得体の知れない執念に取り憑かれた悪役の存在にほかならない。
狂気と執念を携え、理解不能な行動に出る悪役…と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、スティーヴン・キング原作の『ミザリー』(90)に登場したキャシー・ベイツ演じるアニー・ウィルクスだ。敬愛する作家を監禁して新作の原稿を書かせるという鬼女で、そのインパクトは一度観たら脳裏に焼き付いて離れない。
また2010年代にブームとなった韓国スリラーのなかでも、指折りの傑作である『チェイサー』(08)で、ハ・ジョンウが演じた連続猟奇殺人鬼チ・ヨンミンも3つを備えた悪役だ。しかも、彼の狂気がキム・ユンソク演じる元刑事を呑み込んでいき、逆に元刑事の執念はヨンミンにも伝播していく。クライマックスに待ち受ける両者の激しいぶつかり合いは、本作にも通じる部分といえよう。
レイチェルの苛立ちがドライバーの男に火をつけ、彼のエスカレートしていく狂気と執念が次第にレイチェルの攻撃的な一面を引きだしていく。そして愛する家族を守るため、勝負に出るレイチェル。頭脳戦と不意打ちの合わせ技は、まさに狂気的な悪役に対峙する唯一の正攻法。対する男も持ち前のタフさでレイチェルと彼女の息子カイルへと迫り、最後まで気が抜けない。
はたして途方もない執念を持つ男の目的とは一体なんなのか、そして90分間ノンストップで駆け抜けるドライブの先に、レイチェルにどんな結末が待ち受けているのか…。その答えは是非とも、本作のBlu-ray&DVDにて目撃してほしい。
文/久保田 和馬