人魚のような水泳コーチに扮した綾瀬はるかの包容力…『はい、泳げません』など“善き指導者”映画たち
『花束みたいな恋をした』(21)のリトルモアが贈る『はい、泳げません』(公開中)。泳げない男と泳ぐことしかできない女が織りなす、せつなくて、ちょっと笑えるヒューマンドラマだ。大学で教鞭をとるカタブツ哲学者の小鳥遊雄司を長谷川博己が演じ、陸よりも水中の方が生きやすいという水泳コーチの薄原静香を綾瀬はるかが好演。『舟を編む』(13)で第37回日本アカデミー賞最優秀脚本賞に輝いた渡辺謙作が、ノンフィクション作家の高橋秀実の同名エッセーに大胆なアレンジを加えて脚本化し、監督も務めた。
水に顔をつけることもできないほどのカナヅチの雄司は、ひょんなことから水泳教室に通うことに。恐怖心をあらわにする雄司だったが、静香コーチの厳しくも優しい指導によって、少しずつだが着実に泳げるようになっていく。しかし泳ぎが上達するに従い、雄司の癒えない傷が甦り始める。
物語の前半では、静香のクラスを受講する主婦たちとオーバーアクションで水を怖がる雄司との掛け合いがコミカルに描かれ、笑いを誘う。その一方、後半になるつれ明らかとなっていく雄司の水恐怖症を決定づけた出来事はあまりにせつない。
撮影の大半がプールシーンだったという本作。役どころに反し、実際はスイスイと泳げる長谷川は下手に泳ぐ練習をしたそうだが、一方、水泳コーチ役の綾瀬はあまり水泳が得意でなかったというから驚きだ。綾瀬といえば、中学生時代はバスケットボール部に所属していたり、中国地区の駅伝大会に出場した経歴の持ち主。ドラマやCMなどでも、たびたびスポーツをする姿を見せてくれているが、今回も、撮影前に練習をしたというだけあって、持ち前の運動神経を活かした、美しくのびやかな泳ぎを見せてくれている。
これまでも綾瀬は、多様な作品でその抜群の身体能力を活かしてきた。近年最も話題となったのは、西島秀俊共演の人気ドラマの劇場版『奥様は、取り扱い注意』(21)のワケあり専業主婦の菜美役だろう。元特殊工作員という過去を持つ菜美と公安警察の伊佐山勇輝が互いの素性を隠して夫婦生活を送ることで波乱が巻き起こる本シリーズ。FBIの訓練にも導入されている伝統武術をベースとする所作をマスターした綾瀬は、スピーディかつしなかやな動きで襲い掛かる諜報員たちと死闘を繰り広げ、華麗なる銃さばきも披露して超一流の元スパイ役を演じきった。
また過去にはNHK放送90年大河ファンタジー「精霊の守り人」で短剣使いの女用心棒役や、現実と仮想の境界が曖昧になっていく佐藤健とのW主演作『リアル 完全なる首長竜の日』(13)でのヒロイン役、さらに名作時代劇「座頭市」を映画化した『ICHI』(08)でのタイトルロールなど、数々の作品で印象的なアクションを見せている。
そんな綾瀬は、今回、体型のごまかしが効かないスイミング水着も抜群のプロポーションで着こなし、デキる水泳コーチ役を体現!その完璧な立ち居振る舞いにも注目して欲しい。
雄司にとって泳げるようになることは、幼い頃からのトラウマを克服すると同時に今後の人生を前向きに歩んでいくための必然的挑戦でもある。「知性とは“自分を変えようとする意志”」と自身が学生に語った通り、血のにじむような努力を重ねていく雄司の姿に勇気づけられること請け合いだ。
迷い、苦しみながら一進一退を続ける雄司が再び人生に光を灯せるかどうかは、静香コーチの存在なくしては語れない。決して見放すことなく根気よく導いてくれる彼女の女神っぷりは例えるなら“水中のビーナス”。神々しさもまとうその圧倒的な包容力には誰しも胸が熱くなることだろう。