報道のエキスパート・笠井信輔が語る。『ミッシング』があぶり出す、テレビマンの葛藤とマスコミのリアル

インタビュー

報道のエキスパート・笠井信輔が語る。『ミッシング』があぶり出す、テレビマンの葛藤とマスコミのリアル

石原さとみが「どんな役でもいい。一緒に仕事がしたい」と切望してから7年越しに実現した吉田恵輔監督の新作『ミッシング』(5月17日公開)。これまでと同様に監督自らオリジナル脚本を執筆、“幼女失踪事件”を軸に複眼的に現し世を捉え、観る者を沈思黙考させるヒューマンドラマだ。ある日突然、事件へと巻き込まれた母親の森下沙織里(石原)は愛娘を懸命に捜し続けていくなか、自罰の意識、夫婦間の温度差、マスコミの報道、SNSでの誹謗中傷などによって、いつしか「心」を失くしてゆく。

【写真を見る】報道と映画のエキスパート、笠井信輔が『ミッシング』から感じたこととは?
【写真を見る】報道と映画のエキスパート、笠井信輔が『ミッシング』から感じたこととは?[c]2024「missing」Film Partners

さて、一足先に試写で本作と出会い、激賞する“映画の見巧者”は多いが、笠井信輔もその一人。フジテレビのアナウンサー時代、報道、情報番組を30年以上にわたって担当し、フリーに転身してからも映画と報道のエキスパートである笠井が、(劇中のマスコミ描写も含め)感じたことを独自の目線で“体験的”に語ってくれた。

「本作から、報道マンに対するエールを感じました」

娘が失踪した沙緒里(石原さとみ)は、夫の豊(青木崇高)の態度に苛立ち衝突を繰り返す
娘が失踪した沙緒里(石原さとみ)は、夫の豊(青木崇高)の態度に苛立ち衝突を繰り返す[c]2024「missing」Film Partners

「率直にまず、深い感銘を受けたことを伝えたいです。観ている間、ずーっと胸を強く締めつけられ、そして観終わっても、心にのしかかる重荷のようなものからいつまでも解放されない作品でした。誰もが賛辞を贈ることでしょうけれど、母親として過酷な境遇に耐える沙織里役の石原さとみさんがすばらしい!全篇止むに止まれぬ感情の発露でこちらの臓腑を抉ってくるのですが、決してオーバーアクションにはならないんですよ。吉田監督はこれまでも、例えば『ヒメアノ~ル』で森田剛さんにサイコパスな殺人者を、『神は見返りを求める』では岸井ゆきのさんに底辺YouTuberの役を授け、新生面を引き出してみせました。どの作品でも演者を覚醒させる監督なんですね。石原さんはお子さんを出産したあとの復帰作。子どもを持ったことでより深い芝居になったたことは間違いない。また、沙織里の夫役の青木崇高さんも見事で、共に精神状態がギリギリでの複雑な関係性を体現されていた。演出やスタッフワーク、キャストの皆さんの演技も含め “映画自体の力”なのですが、個人的にコミットする内容があったことも大きかった。私も、事故や事件に巻き込まれたり災害のため身内の方が行方不明となった御家族を、長きに渡って取材してきた経験があるため、感じた部分があるのです」

マスコミと世間の声に翻弄される沙緒里は、次第に“悲劇の母親”を演じるようになっていく
マスコミと世間の声に翻弄される沙緒里は、次第に“悲劇の母親”を演じるようになっていく[c]2024「missing」Film Partners

その「個人的にコミット」した話へと進む前にもう一つ、笠井との特別な関わりについて触れておく。それは、エンドクレジットに「企画」として名が刻まれている(2022年6月11日に72歳で逝去された)映画製作、配給会社スターサンズの代表、親交のあった河村光庸プロデューサーとのエピソードだ。

「2019年の秋に、河村さんに呼ばれて、2人だけでホテルの喫茶店で話したんです。すでに内閣調査室や新聞報道のダークサイドな面を描いた藤井道人監督の『新聞記者』が大変高い評価を受けていたのですが、『今度はテレビをやりたいんだよ、笠井さん。告発をして壊したいんだ。原作本をぜひ書いてくれないか』と依頼されました。ちょうどフリーになったばかりだから自由にぶちまけられるでしょう、と。うれしかったけれど、でも引き続きテレビの世界で生きていく身でしたし、河村さんみたいな風雲児ではないので『無理です』と正直に答えました。すると『ならば告発でなくてもいいです。笠井さんの体験談を書くのはどうか。映画の参考図書にしたいから』と言われ、また心が動いたんですね(笑)。仕事の何割かは映画でしたし、自分がフリーになったことの突破口になるかもしれない。危険な賭けではあったんですけどお引き受けし、出版社の編集者を紹介してもらったんですよ。ところがそのタイミングで僕のがん、悪性リンパ腫が見つかり入院。本は白紙に。それが2019年の暮れでした」

笠井は今回、『ミッシング』のエンドクレジットで河村プロデューサーの名前を見つけた瞬間、「あの時に仰っていたのは、これだったのか!」と思ったのだそう。だがすぐに別の感慨も沸いたのだった。

事件から世間の興味が離れていくことに焦る沙緒里は、地元の記者・砂田(中村倫也)を頼る
事件から世間の興味が離れていくことに焦る沙緒里は、地元の記者・砂田(中村倫也)を頼る[c]2024「missing」Film Partners

「批判的な視点は随所にあっても、“テレビを壊そう”とはしていない作品だったんです。そこがこの映画の優れているところ。我々報道に携わる人間が、テレビ局や報道現場を舞台にした映画やドラマを観た時に、往々にして目に付くのは『それは違うよ』と違和感を覚える表現がわりとあること。ところが『ミッシング』には、そんな描写がほとんどなかったんです。むしろ本質的に本作には、報道マンに対するエールを感じました。『もっともっとしっかりしろ』という」

そう、『ミッシング』は娘を探す家族の物語であるのと同時に、その失踪事件を取り扱う、中村倫也が演じた静岡のテレビ局に勤務する記者にして報道ディレクター、砂田裕樹の物語でもあるのだ。

沙緒里は唯一の味方である砂田に繰り返し協力を仰ぐ
沙緒里は唯一の味方である砂田に繰り返し協力を仰ぐ[c]2024「missing」Film Partners

「地方局の場合、ディレクターと記者を兼任することが多いのですが、砂田が抱えている問題がリアルで心揺さぶられ、吉田監督は事前に相当、リサーチをして臨まれたのだなと感心しました。御本人に伺ったら事実、かなり取材をされたそうで、だから報道マンの苦悩や葛藤が、慎重かつ大胆に描かれているんですよね。この脚本を河村さんに提示した時は初め、砂田の存在はあまり大きくなかったので、『報道マンの話をもっと広げてほしい。テレビ界を壊したいんだ』と河村さんに言われたそう。でも取材を通し、コトは単純ではないと知った吉田監督は、地方のテレビ局の“いま”を切り取りたいと河村さんと話し合って、結果的に壊すような方向性ではなくなったんです。思い返せば河村さんと組んで、3年前に公開された『空白』でも吉田監督はマスコミを出しているんですよ。登場するのはやや旧式でステレオタイプな、無神経なロケ撮影をし、センセーショナルに話題を取り上げるテレビクルーの姿でした。『空白』は物語を盛り上げるため、マスコミを過激に描いたと監督から聞きました。同じ監督がこんなにも違う質感でマスコミを捉えたことに注目してほしいです」


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