アガサ・クリスティーのひ孫が明かす、映画『オリエント急行殺人事件』製作秘話
ミステリー小説の歴史を変えたといわれるアガサ・クリスティーの代表作を映画化。豪華オールスターキャストの競演も話題の『オリエント急行殺人事件』(12月8日公開)。製作総指揮を務めるのは、クリスティーの“ひ孫”にあたるジェームズ・プリチャードだ。来日した彼にクリスティーの素顔や、今回の映画版の見どころなどを聞いた。
アガサ・クリスティーは優しくて、聞き上手な人だった
アガサ・クリスティーの小説の醍醐味は革新的なプロット(展開)だが、背景となる世界各地の名所や、人物の奥深い描写も魅力。「オリエント急行~」も実際にオリエント急行に何度も乗車し、乗客を観察した経験が小説に生かされたという。そんな好奇心旺盛なクリスティーの素顔についてプリチャード氏は次のように語る。
「曽祖母が亡くなったのは私が6歳のときです。テレビをつけたら夕方のニュースのトップに流れ、そんな偉大な人だったのかと驚いたのを今でもよく覚えていますね。曽祖母と世界のあちこちを旅した私の父によると、彼女はものすごい聞き上手で、優しい性格だったそうです。一方で、あれだけ恐ろしい殺人事件の小説を1年に3冊も書いていたわけで、その二面性がアガサ・クリスティーの類稀な個性ではないでしょうか」。
ミシェル・ファイファーとジョニデに見た“最高の俳優”の境地
今回の映画化に企画段階から深く関わったプリチャード氏は「脚本の第一稿が、ほぼ完璧な仕上がりだった。あとはふさわしい人が集めれば、いい映画になる」と実感したという。ケネス・ブラナーが監督と名探偵エルキュール・ポアロ役を担当し、人気・実力ともにトップレベルのキャストが集まったことで、成功は確信できたようだ。
「あれだけの豪華キャストを演出するケネスを撮影現場で見て、そのエネルギーには恐れ入るばかりでした。しかも自分でポアロを演じ、過去の映画のどのポアロとも違う魅力を放っていた。そして私が最も鳥肌が立ったのは、ミシェル・ファイファーと、いつもの映画と違う卑劣なムードを漂わせるジョニー・デップ。2人が列車の通路で会話を交わすシーンで『最高の俳優とはこういうものだ』と実感できましたね」。
曽祖母はきっと日本を訪れたら気に入ってくれた
「オリエント急行殺人事件」は2015年に三谷幸喜の脚本でドラマ化され、「そして誰もいなくなった」も今年、仲間由紀恵主演のドラマが作られるなど、日本でのアガサ・クリスティーの人気は今でも絶大。プリチャード氏もその事実を認識している。
「欧米では『オリエント急行~』の原作を読んだことがない人も増えていますが、日本では相変わらず読み継がれているようでうれしいです。何度か日本を訪れていますが、そのたびに私以上にアガサ・クリスティーを知っている読者が多いと感じていますよ。残念なのは、曽祖母が日本を訪れる機会がなかったこと。もし来ていたら、この国をとても気に入ったのではないでしょうか」。
そして原作を知っている人も、そうではない人も、今回の新たな『オリエント急行殺人事件』の映画を楽しめると、プリチャード氏は自信たっぷりの表情で話す。
「結末を知っている人も、オープニングなど原作にはないシーンに引き込まれるはずですし、クライマックスに向けた盛り上がりや、愛の物語、正義への問いかけには、改めて感動すると思います。そして最も心に訴えかけるのは“誰もが殺人犯になりうる”というテーマです。曽祖母も、その部分に過剰なほど興味があったようですね」。
プリチャード氏がひとりの読者として、曽祖母の長編の中で「個人的なベスト3に入る」という『オリエント急行殺人事件』。そこにはアガサ・クリスティーの神髄が詰まっているようだ。
取材・文/斉藤博昭