『HUMAN LOST』脚本の冲方丁と又吉直樹が“太宰治”トーク!又吉「自分が抱いていた感覚がみんな共通だと教えてくれた」
「世の中にいる全員が人間失格していることにしました」(冲方丁)
――大好きな太宰の「人間失格」が大胆に生まれ変わった、『HUMAN LOST 人間失格』の感想を教えてください。
又吉「タイトルだけ聞いてから観たので、すごくびっくりしました。世間と自分との距離を計り損ねて、個人の集まりである世間に脅威を感じ、社会全体が怖く見える。ここで生きていける気がしないという感覚は、『人間失格』の大きなテーマで『HUMAN LOST 人間失格』とも通底していると思いました」
冲方「まさかそんなお優しい言葉をいただけるとは(笑)。大庭葉藏のあやふやさ、自分のことしか考えてない堀木と、相手のことしか考えていない美子の間で振り子のように揺れていく姿はものすごく現代的。よく生きよう、正しく生きようとした結果、何もかも失ってしまう。これはある種の警告、風刺、ギャグでもあると感じ、これならやれると思いました。ただし、SFにする場合は、個人が経験したものが全人類に与える影響を描く必要があるので、意図的にタイトルの意味をひっくり返して、世の中にいる全員が人間失格していることにしました」
又吉「葉藏、美子、堀木のそれぞれが描いているビジョンが拮抗している状態から、このバランスがどう崩れて世界が変化していくのか、それを観るのがおもしろいと思いました」
冲方「葉藏、美子、堀木は抜群の人物配置で成り立っています。そこには不思議な関係が存在しているのですが、個人を描きながら人間関係を描くことで葉藏の所在のなさを描いています。そこはズレないように相当意識しましたね」
――お2人は今回が初対面ということですが、作家としてのお互いの印象を教えてください。
又吉「『HUMAN LOST 人間失格』を観て、ますます興味が湧きました。僕は『人間失格』を自分のテキストにしていて、もう100回以上は読んでいます。読む度に見えてくるものは違っているのですが、本質的なテーマは変わりません。これだけ別の世界を構築していく中でも、本質的なテーマ、僕がすごく重要だと思っているところが描かれていたので、うれしかったです。あらためて沖方さんは凄い作家さんだなという印象を持ちました」
冲方「肝が冷えますね(笑)。以前から、(編集の)担当さんが同じということもあり、勝手にご縁を感じていました。あるテレビ番組で、又吉さんがお笑いのシナリオを書くシーンを観たのですが、出来上がったものがすごくウィットに富んでいたのですごく印象に残っていました。その後に、本を書かれたと聞いて『だよね、絶対書く人だよ』と思いました。最新作『人間』の中でも『人間失格』のタイトルが出てくるし、映画公開の時期に合わせたように発売されるというのも、又吉さんが呼んでいるような気がしています」
「太宰は精神的に不安定だったと解釈している部分はある」(又吉直樹)
――又吉さんの新作「人間」はいかがでしたか?
冲方「なんでこんなにナイーブな才能に関する感性があるんだろうって思いました。ユーモアがあり、バランス感覚がある気がしています。『人間失格』を読んだ時に、太宰はすごくバランスが取れている状態だと感じました。又吉さんの作品にも共通する部分だと思います。すごく繊細な作品は自分がブレた状態では書けません。太宰も又吉さんも精神的に安定した状態で書かれていると感じましたね」
又吉「ありがとうございます。自分たちが『人間失格』を読む時の感覚や状況に合わせるために、太宰は精神的に不安定だったと解釈している部分はあると思います。手記として書かれている自分語りの部分と、“はしがき”と“あとがき”の他者語りの部分とでは葉藏の見え方が全然違うという点にも冷静さを感じます。ちゃんと構造的な小説になっていますからね。安定した状態で書いたと、僕も思っています」
取材・文/タナカシノブ
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毎日新聞出版