小橋賢児、初監督作『DON'T STOP!』でニューヨーカーからスタンディングオベーション|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
小橋賢児、初監督作『DON'T STOP!』でニューヨーカーからスタンディングオベーション

映画ニュース

小橋賢児、初監督作『DON'T STOP!』でニューヨーカーからスタンディングオベーション

7月12日からジャパン・ソサイエティで開催されているジャパン・カッツ!で、小学校3年生から子役俳優として活躍し、現在は俳優、DJ、イベントプロデュースなどマルチな才能を発揮している小橋賢児が初監督を手がけた『DON'T STOP!』を引っさげ、ニューヨークの舞台に登壇した。

舞台に上がった小橋監督の第一声は「ワオー!」というものだったが、初監督作にして、ドキュメンタリー映画であるにも関わらず、226席の観客席はほぼ満席。しかもアメリカ人が多かったから無理もない。渡米経験を生かし、「週末でもないのに、こんなにたくさんの人が来てくれてびっくりしました」と流暢な英語で語ると、会場は大きな拍手に包まれた。

その後は、「とても緊張しているので日本語で(笑)」と断ったうえで、「20歳代の半ばに、自分の可能性を追求したくて、5年前に芸能活動を休んでアメリカや世界中を旅したんです。その時のことや思いを伝えたいと思っていたところに、たまたま飲み会の席でご一緒した高橋歩さんから今回の旅の話を聞いて、この旅を映画にしたい!って直感し、その場でその思いを伝えました。もちろん、映画監督の経験なんてなかったんですが(笑)。そして、この映画作りそのものが自分自身の旅となった、その過程を見てもらえることにとてもワクワクしているし、楽しんでいただければ嬉しいです」と、同作を製作するに至った経緯を説明した。

『DON'T STOP!』は、2007年に渡米した小橋監督が、帰国後、トラベル作家で自由人の高橋歩が率いる仲間たちと、26歳の時に不慮の事故に遭い、半身と左手麻痺というハンディを背負うことになった中年男CAPやその家族総勢11人の旅に同行して製作したドキュメンタリー映画。日本では2011年9月にSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映され、SKIPシティアワードとSKIPシティDシネマプロジェクトを受賞している。

CAPとは、若い頃からアメリカに憧れを抱いていた同作の主人公のあだ名で、アメコミのヒーロー「キャプテン・アメリカ」からとったもの。『イージー・ライダー』(69)のごとく、アメリカのルート66をハーレー・ダビッドソンを乗り回すことが夢だったというCAPは、かつては明るく前向きだったが、事故から20年間、リハビリもせずに引きこもりがちになってしまったという。そんな息子を見かねた母親の、「もう一度、息子に前向きな人生を歩んでもらいたい」という必至の思いを高橋に伝えて実現したのが、キャンピングカーで車椅子のCAPがアメリカを横断する今回の旅だ。しかし当然のことながら、車の乗り降りを全て人に頼り、同行したふたりの娘たちにオムツを替えてもらわなくてはいけないことを情けなく思っているCAPが、突然、五体満足の人間たちと旅に出るというプレッシャーとストレスは並大抵のものではなかった。そのイライラや、情けない思い、悔し涙を流す姿などがそのまま描かれているにも関わらず、「皆さん、いろんなシーンで笑っているんでびっくりしました」と、またもや観客の反応に驚いていた小橋監督。ニューヨーカーの笑いのツボには誰もが驚くが、この内容で明るく大声で笑えるのは、やはり大きな国民性の違いだろう。

上映後に、大絶賛と大きな拍手で迎えられた小橋監督は、質疑応答で自分の旅について問われ、「高橋さんが、『若い時、夢を語ると、必ずその理由を聞かれた。ただワクワクしたいだけなのに』って言ったんです。それを聞いた時、鳥肌が立ちました。色々チャレンジしたいのに、芸能界のルールに縛られてやりたいことを我慢していた自分がいたので、『やりたいことに理由は要らないんだ。ただやりたいと思うことをやってみよう』と思ったんです」。

「旅は10日間でしたが、CAPとはその前の約1ヶ月、彼の住む北海道で寝食を共にしたことで、ある程度の人間関係ができあがりました。僕には監督の経験もないし、編集の仕方によっては、ある一人が悪者になってしまったりするので注意が必要なのですが、旅の中の一員になりきってしまって、監督として客観的になれない自分に気がつき、行き詰まりを感じて寺にこもったりもしました。東日本大震災で撮影が止まった時もありました。被災地でボランティアをしたりしながら、どうしたら良いのか不安で仕方なかったある日、まるで神様に操られるかのように直感が働いて、必要なピースがそろったんです。そして『諦めなければ、夢は叶う』ということを学びました」。

神のお告げがあったというだけのことはあって、初監督作品とは思えない、ニューヨーカーに「人をぐいぐいと惹き付ける魅力と活力にあふれた素晴らしい作品」と言わしめる作品が完成したわけだが、影響を受けた監督はいるのだろうか。「この映画の製作で意識していたかはわかりませんが、スタンリー・キューブリック監督が好きです。何度見ても感じるものが変わる『2001年宇宙の旅』(68)は大好きですね。だから僕の作品でも、そういう複線がはってあります。ドキュメンタリーなのでナレーションをつけるかどうかも迷いましたが、見た人たちがもっと自分でもっと考えるようになると思ったので、あえて説明をつけなかった」という納得の答え。

偶然にも、尊敬する故キューブリック監督は、小橋監督が登壇した7月26日にニューヨーク・マンハッタンで生まれた。これも何かの縁かもしれない。これからも「やりたいこと感じたことをやる」という小橋監督は、今のところメガホンを取る予定はないそうだが、今後も監督として、日本人のみならず、世界中の人々に多くの感動と喜びを与えてほしいものだ。【取材・文/NY在住JUNKO】