『終の信託』の周防正行監督「裁判に過剰な期待を持ちすぎてはいけない」|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
『終の信託』の周防正行監督「裁判に過剰な期待を持ちすぎてはいけない」

インタビュー

『終の信託』の周防正行監督「裁判に過剰な期待を持ちすぎてはいけない」

『それでもボクはやってない』(07)で主要映画賞30冠に輝いた周防正行監督。待望の最新作『終の信託(ついのしんたく)』(10月27日公開)は、妻でバレリーナから女優へ転身した草刈民代と、役所広司という『Shall we ダンス?』(96)のトリオで放つ注目作だ。周防監督にインタビューしたら、「みんなの感想がこんなに気になる映画は初めてです」と、神妙な面持ちで撮影秘話を語ってくれた。

これまで周防監督は、自分自身が徹底取材をして書いたオリジナル脚本で、豊かな人間ドラマを紡いできたが、今回初めて、朔立木の原作小説を映像化した。周防監督は「テーマは確かに重かったけど、作っている時よりも、作った後の方が、重いテーマをやったという感覚があります」と話す。

ヒロインは、草刈民代扮する呼吸器内科医の折井綾乃。彼女が同僚の医師との不倫に傷つくなかで、自分が担当するぜんそくの患者・江木秦三(役所広司)と交流を深めていく。やがて、迫り来る死期を悟った江木は、綾乃に自分の最後の願いを託すが、そのことによって彼女は殺人罪に問われることになる。前半で、事件に至るまでの経緯を見せ、後半で、綾乃が大沢たかお扮する検察官から取り調べを受けるシークエンスを一気に見せていく。

「小説もその作りなんです。時間軸でいくと、実際の取り調べって、事件が全部終わってからあるものですよね。この映画でも、中盤までに綾乃が経験したことを積み重ねていく。だからお客さんは、綾乃がなぜあんなことをしたのか、その一部始終を知っているその後、綾乃と江木の関係性を知らない検察官が、どう取り調べを進めていくかってことを、具体的に見せたかったんです。こんなことは実際の事件ではありえないことですが、あえてこういう形で見てもらうことで、人が人を裁くことの難しさを考えてほしかった。検察官が悪人に見えるとしたら、それは観客が被疑者の事情を知っているからで、そんなことは現実にはなかなかないことです。実際には取り調べの後の裁判で結果を知り、有罪だとなれば、ああ被告人は悪い奴だったと思う。そういうことです」。確かに監督の狙いどおり、見る者は綾乃の心に寄り添い、どんどん感情移入していく。

今回、周防作品では珍しく、入念なリハーサルを行った。「大沢さんと役所さん、草刈のセリフ量を見た時、現場で芝居を作るってことがしんどい気がして。通常は、実際のセットやロケ地でしか感じられないものがあるから、あまりリハーサルはしないんですが、今回は僕自身もセリフの確認をしたかったので、ディスカッションをしながらやっていきました。その後の撮影も順撮りです。まず、綾乃の恋人のことから始めて、綾乃と江木が医者と患者以上の関係になり、彼女が江木を看取る。その間、大沢さんは現場に一切来ていなくて、最後に取り調べ室のシーンで現れる。それこそが取り調べまでのリアルな時間経過だから、そこを外したくはなかった。あのシーンを緊張感を保って見せることが、僕にとっての挑戦でした」。

本作では、「人が人とどう向き合うかということが一番大きなテーマだった」と話す周防監督。「これだけ濃密な空気が感じられる理由は、綾乃が人ときちんと向き合う人だったから。だからこそ、最後に江木とした大事な約束を貫くことで、今度は検察官とも向き合わないといけない羽目になるんです。それでも綾乃は逃げず、国家権力である検察官とも戦い抜いていく。僕は医療の現場は、医者と患者でいるから逆にうまくいかないんじゃないかと思っています。人と人として向き合わないと、患者さんにとっての最良の医療って見つからないんじゃないかと。そのことを描きたかったのです」。

さらに、周防監督は、今の法律についても熱く持論を述べていく。「どんな法律を作っても、絶対に何かはこぼれ落ちていく。皆さん、裁判に過剰な期待を持ちすぎなんです。裁判って、被告人が有罪か無罪かを決める場であって、物事の本質を見極める場所ではない。ただ、僕もちゃんと刑事裁判の取材をしなければ、そんなことは思わなかったです」。

周防監督は、裁判員制度については肯定的だ。「人が人を裁くというのはそういうことで、裁けないことをみんなが仕方なくやっている。なぜなら、共同体を維持するためには何らかの秩序やルールが必要だから。本当は誰にも何も裁けない。裁判員として呼ばれた人が『私に人なんて裁けない』と思うのは、まともな考え方です。でも、そういう人が悩んだ末に結論を出すから、僕は良いと思っています。職業裁判官のように、人を裁くことを仕事にした瞬間に勘違いが起こる。裁判員制度の良いところは、職業裁判官と一般人が一緒になって事件を見ることで、慎重な判断につながっていくという点です。法律に照らし合わせたら、綾乃がやったことは有罪と言われても仕方がない。でも、だからといって、綾乃の行為を人として否定できるのか?果たして裁判で争うべき事件だったのか?ってことなんです」。

あなたは、『終の信託』を見た後、綾乃に下された審判をどう受け止めるのか?映画を見てから、真剣に考えてみてほしい。【取材・文/山崎伸子】

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