赤胴鈴之助(1957):映画作品情報・あらすじ・評価|MOVIE WALKER PRESS 映画
赤胴鈴之助(1957)
赤胴鈴之助(1957)
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赤胴鈴之助(1957)

1957年5月21日公開、時代劇
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少年画報連載の武内つなよしの漫画を穂積純太郎が潤色してラジオ東京の連続放送劇となった「赤胴鈴之助」の映画化。岡本繁男と「狙われた土曜日」の松村正温、吉田哲郎の三人が共同で脚色、「刃傷未遂」の加戸敏が監督、「凸凹巖窟王 (二部作)」の今井ひろしが撮影した。主演は「朝の口笛」の梅若正二(正義改め)、「大江戸人気男」の浦路洋子、「源氏物語 浮舟」の中村玉緒、「大阪物語」の林成年。 (二部作)

ストーリー

第一部--常州は潮来金野鉄斎老人の孫鈴之助は、両親の顔を知らぬままに祖父鉄斎によって勇敢な少年に育てられていった。彼は父のかたみの赤胴をつけ真空斬りを得意とし、やがて立派な青年となった。ある日、彼は道場破りに来た岳林坊と火京物太天という二人を相手に鉄斎が禁じていた他流試合をしたため破門されてしまった。が、これには可愛い子には旅させるの鉄斎の思いやりがあった。鈴之助は幼馴染のしのぶと別れを惜しみ、亡き父と同門の千葉周作の道場に入るため江戸へ出た。江戸には母がいるとも聞いていた。千葉道場で、鈴之助は朝から晩まで雑用ばかり命ぜられた。周作の娘さゆりが彼に同情したが、兄弟子の竜巻雷之進は快く思わず鈴之助を散々に打った。雷之進に代り、浅草観音へ参詣に行くさゆりのお供をして行ったとき鈴之助は周作一家を狙う物太夫一味に襲われ勇敢に応戦したが、雷之進は益々つむじを曲げて行った。が、昇段試合の日、鈴之助は雷之進と対決、勝利を獲得した。敗北を怨みに思う雷之進は物太夫一味に加担した。一方、潮来では鉄斎が、物太夫に打たれた傷がもとで世を去った。これを報せるため、しのぶが千葉道場を訪れた。やがて鈴之助は、かつての敗北を真剣勝負で取返そうという雷之進の挑戦状を受取り、約束の場所、護国寺へ行った。が、物太天一味が途中に待構えていた。追詰められた鈴之助は、心配して駈けつけたしのぶを連れ塔の中へ逃込んだ。 第二部・月夜の怪人--護国寺境内の鈴之助としのぶは、まさに危機一発。だが急を知って駈けつけた千葉道場の面々の働きで一味は退散した。そのころ柳原土手に毎夜、辻斬りが現れ、これが北辰一刀流の使い手であることから町の人は千葉道場の門弟に嫌疑をかけていた。ところで鈴之助の母お藤は、わけあって鉄之助を捨てたのだが、周作の計いで内職の針仕事をしながら無事江戸に住んでいた。ある日、鈴之助は周作の言いつけで、お藤の家へ仕立物を頼みに行ったが、柳原土手を通ると黒覆面が突然斬りつけてきた。が、これは周作が彼の腕を試すためにやった仕業である。そして、この様子を本物の辻斬りが蔭から瞶めていた。そのうち鈴之助は、護国寺で果せなかった真剣勝負の挑戦状を雷之進から再び受取った。約束の護持院ケ原で鈴之助と雷之進は死闘を続けた。が、駈けつけた周作の優しい言葉に雷之進も今は改心、物太夫こそ恐るべき辻斬りであると明した。雪之進は江戸を離れ修業に出ることにし、鈴之助も祖父の仇、物太夫を討つため旅立つことになった。周作は二人に別れの贈物をした。雷之進には小刀を、鈴之助には母親のお藤を。めぐり合った母を後に鈴之助は仇討の旅へと向った。

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作品データ

製作年
1957年
製作国
日本
配給
大映
初公開日
1957年5月21日
製作会社
大映京都
ジャンル
時代劇


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