嵐に立つ王女|MOVIE WALKER PRESS
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嵐に立つ王女

1959年8月29日公開,78分
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高橋繁夫の原案から、「人形佐七捕物帖 鮮血の乳房」の共同脚色者・金田光夫と、土居通芳が脚本を書き、「貞操の嵐」の土居通芳が監督したメロドラマ。撮影は「怪談鏡ケ淵」の森田守。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

弓枝は銀座裏の化粧品売りだ。実は、もとモンゴリア王国の王女芳蘭だった。自身は過去の記憶を失っていた。山科はやっと彼女にめぐりあえた。--終戦の時、王国は亡び、王は死に、日本軍中尉山科が、王女を守って落ちのびて以来である。山科は彼女の病気をなおそうと努力した。侍従武官時代の同僚・南原と松村は王女の健在を知ると王国のスイス銀行の財産を狙おうとした。彼らは弓枝に王女にふさわしい物腰や知識を教えこむ。スイスから一週間後に真偽をたしかめに調査員がくるはずだった。山科は彼らから弓枝を離し、静養させた。南原らは白紙委任状をつくり、弓枝にサインをさせ、国王の信任厚かった佐竹中将未亡人にあわせようとした。が、弓枝は、約束の時間に現われず、失敗した。彼女は山科を追って東京を離れていた。彼女は彼を愛していた。地位も財もほしくなかったという。--調査員が来日した。山科たちの仕えた王国の康殿下だった。弓枝は山科のいる湖畔で落雷をうけ、そのショックで過去の記憶をとり戻していた。殿下は彼女とのスイスでの結婚と彼女の王国遺産継承を発表した。王女は山科への恋があきらめられぬ。いよいよつのった。山科に電話で救出を求めた。山科は断りきれなかった。出かけようとした時、彼を愛していたますみという社長令嬢が自殺を計り、危篤だと知らせてきた。彼を呼びつづけていると。これも断れなかった。彼はますみの方へ行くことを選んだ。王女は一睡もせず待っていた。そして山科をあきらめた。王女の帰国の日、ますみは山科に見送りをすすめた。それを聞入れぬ山科も、アパートの部屋で王女の愛を誓う置手紙を見つけた時、羽田へ必死で駈けつけたという。王女はすでに機上にあった。話し合うこともかなわぬ。王女は涙ながらに手を振り、機は飛び去った。

作品データ

製作年
1959年
製作国
日本
上映時間
78分

[c]キネマ旬報社

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