恋におちたシェイクスピア|MOVIE WALKER PRESS
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恋におちたシェイクスピア

1999年5月1日公開,123分
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文豪シェイクスピアの秘められた恋物語を劇中劇と絡めて織り成した一大ラヴ・ロマンス。監督はイギリス演劇界出身、「Queen Victoria 至上の恋」のジョン・マッデン。製作総指揮は「マイ・フレンド・メモリー」のジュリー・ゴールドステイン、「54」のボブ・ワインステイン。製作は「鳩の翼」のデイヴィッド・パーフィット、「エマ」のドナ・ジクリオッティ、「真実の行方」のエドワード・ズウィック。脚本は「カットスロート・アイランド」のマーク・ノーマン、「ビリー・バスゲイト」のトム・ストッパード。撮影のリチャード・グレトリックス、音楽のスティーヴン・ウォーベック、、美術のマーティン・チャイルズは「Queen Victoria 至上の恋」に続く参加。編集はデイヴィッド・ガンブル。衣裳は「ベルベット・ゴールドマイン」のサンディ・パウエル。出演は「魅せられて」のジョゼフ・ファインズ、「ダイヤルM」のグウィネス・パルトロウ、「Queen Victoria 至上の恋」のジュディ・デンチ、「レ・ミゼラブル」のジョフリー・ラッシュほか。第71回(98年度)アカデミー作品賞・主演女優賞・助演女優賞・オリジナル脚本賞・美術&装置賞・衣裳デザイン賞を受賞。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

芝居熱が過熱するエリザベス朝のロンドン。ローズ座は人気作家ウィリアム・シェイクスピア(ジョゼフ・ファインズ)のコメディが頼みの綱だったが、彼はスランプに陥っていた。なんとか書き出した新作コメディのオーディションにトマス・ケントと名乗る青年がやってくる。実はトマスが裕福な商人の娘ヴァイオラ(グウィネス・パルトロウ)の男装した姿だった。商人の館にもぐり込んだシェイクスピアは、ヴァイオラと運命の恋に落ちる。その日から堰を切ったように劇作を書き始めたが、トマスから親が決めた結婚のためもう会えないというヴァイオラの別れの手紙を受け取り、納得できずまた館へ。そこでトマスがヴァイオラの仮の姿だと知る。心のままに結ばれたふたりはその後も忍び逢いを続け、この恋が次第に運命の悲恋物語「ロミオとジュリエット」を形づくっていく。ヴァイオラは、トマスとして劇場の皆を欺き芝居の稽古を続けていた。初演を待つばかりの日、トマスが実は女性であることがバレ、劇場の閉鎖が言い渡される。女性が舞台に立つことが許されない時代だったのだ。ライバル劇場のカーテン座の協力で初演を迎えたが、同じ日ヴァイオラはいやいや結婚式を挙げていた。式の後劇場に駆けつけたヴァイオラは、突然声変わりが起こって出演できなくなった少年の代わりに、ジュリエット役を演じることに。ロミオ役はシェイクスピアだ。詩に溢れた悲恋劇は大喝采を呼ぶが、芝居好きのエリザベス女王の許しで劇場閉鎖は免れたものの、ヴァイオラの結婚は無効にはならず涙ながらにふたりは別れることに。結婚して新天地アメリカに赴いたヴァイオラを思い、シェイクスピアは新たなコメディ「十二夜」を書き始める……。

作品データ

原題
Shakespeare in Love
製作年
1998年
製作国
アメリカ
配給
UIP
上映時間
123分

[c]キネマ旬報社

  • rikoriko2255

    パライバ

    5.0
    2015/7/27

    実在の人物と架空の人物が交錯する、大胆極まりない設定になっているけれど、楽しかった。
    時代考証のことはよくわからないが、衣装やセットがいかにもそれらしい感じがすると思ったら、アカデミー賞を受けた作品とのこと。

    実は「ロミオとジュリエット」は好きな戯曲ではないし、「ロミオとジュリエット」という映画は苦手だけれど、「ロミオとジュリエット」を下敷きにした作品には好きなものが多い。不思議だ。

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  • rikoriko2255

    やまひで

    3.0
    2008/3/4

     爽やかな、スピード感のある若々しいストーリー展開である。時代考証は良くしてあるらしいが、歴史的事実に束縛されることなく、自由にストーリーの翼を飛翔させているところが、この作品の気に入った点でもあれば、歴史的事実の改竄と捏造という点で問題のあるところでもあり、如何にもポスト・モダンの美意識に基づいたストーリー構成ということにもなろう。
     但し、そのスピード感が作品にかる味の印象を与え、見終わった後は楽しかったという気分だけは残るが、さて「読後感」として何か手ごたえがあったかというと、実は何も残らないという弊害が無きにしも非ずである。気分が沈んだ時の憂さ晴らしの作品としてお奨め出来るというところであろうか。
     もう一つの難点といえば、Viola役の女性俳優の配役であろう。やはり、男役のケント役もやる訳であり、真実感を出すためにも、もう少しアンドロギュノス的な女性俳優の適用が強く望まれた。この点、ViolaとWillが比較的早くベット・インしたのもストーリー上の盛り上がりとして欠点の一つに数え入れることが出来るかもしれない。
     最後に一言。作品の終盤、問題の解決が出来なくなり、エリザベスI世を「デウス・エクス・マキナ」として持ってきたことは苦し紛れの点もないことはないが、そこは演劇の歴史の伝統に対する脚本家の敬意の高さと理解しておこう。(尚、エリザベス女王についてだが、女王が道を歩いていた時にある水溜りがあり、例の女王のお気に入りの貴族が自分のマントをさっと脱いで女王のためにその水溜りの上に掛けたというエピソードがある。このエピソードのもじりがこの作品に出てくるが、これはこの映画の中の最上のギャグである。)

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    ネタバレあり
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