バルトの楽園(がくえん)|MOVIE WALKER PRESS
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バルトの楽園(がくえん)

2006年6月17日公開,134分
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ベートーベンの第九を日本で初めて演奏したドイツ人捕虜の実話を壮大なスケールで映画化。真の正義感にあふれた人情派の収容所所長を「暴れん坊将軍」の松平健が熱演!

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

第一次大戦下、中国の青島から送還されたドイツ人捕虜たちが徳島県・板東俘虜収容所に送りこまれる。所長の松江は同じ軍人として彼らに敬意を示し、地元民との融和につとめ、とりわけハインリッヒ少将との交流を深めていく。

作品データ

原題
The Ode To Joy
製作年
2006年
製作国
日本
配給
東映
上映時間
134分

[c]2006「バルトの楽園」製作委員会 [c]キネマ旬報社

  • rikoriko2255

    やまひで

    1.0
    2007/3/23

     このような単純な構造の、ストレート・ストーリーで、しかもハッピー・エンドの映画作品は、残念ながら、いただけない。性格描写が一元的で、謂わば勧善懲悪的、役の割り振りには抵抗感が大きい。悪役は悪役、善玉は善玉の見方では、描かれている人間が薄っぺらになってしまう。しかも、善意があれば、異文化の相違の壁を乗り越えて人間同士相互理解が可能であるというメッセージには、中東の政治情勢の現実を考えれば、森の中にこだまする世迷言のようである。
     板東俘虜収容所長の松江の人道的なドイツ兵捕虜の取り扱いが、それが久留米収容所での地獄の待遇に比して、旧会津賊軍対官軍、明治の政治非エリート対藩閥政治エリートの対立の構図から来ていると暗示するのは、問題の枠組みを国内政治レベルのみのものに矮小化して、問題の本質を見ていないと言わざるを得ないだろう。
     1870年代、80年代の日独関係の蜜月時代は、1895年のドイツの三国干渉加担で突然に終わった。ドイツの世界政策は、1890年以来、ビスマルク「平衡」外交からヴィルヘルムII世の積極的「新航路」政策に替わっていたのであり、このヴィルへルムII世こそは、「アジア黄禍論」を広めた張本人でもあった。こうして、ドイツは山東省・青山に租借権を得るが、一方、1910年には朝鮮併合をし、その後中国大陸進出を狙う日本にとっては、日英同盟の盟約もあり、このドイツと戦うことは大陸進出の格好の口実になったのであった。こうして、1915年、ドイツ対日本の戦端が開かれることになるのであった。日本は連合国側に立てたのである。しかし、帝国主義列強に仲間入りしてまだまもない日本は、世界政治の舞台に踊り出るために、国際政治のエチケットをきちんと守れることを世界に証明しなければならない。だから、ジュネーブ条約を守って、ヨーロッパ社会の常識である、戦争捕虜に対しては人道的・紳士的な振る舞いが出来ること、即ち日本が「文明国家」であることを示すことは当時の日本の国益に適う国是であったのである。だから、実は「板東」は例外ではなかったのであり、この点は日本の栄誉のためにしっかり確認しておくべき点ではないか。
     さて、この映画のストーリーの構造とは、松江・日本陸軍中佐と、ハインリヒ・ドイツ海軍小将との間の、髭(ドイツ語でBartという)談論を含めた、つまり、それぞれの文化の違いを背景に入れた、謂わば文化の戦いが、最終的に「第九」を通じての両者の和解へ発展するというものある。この構図をから考え、また、その題名を考慮すれば、もう少し両者の人間的な対立をドラマ展開で強調すべきところであったと思うが諸子は如何か。余談だが、ハインリヒを演じている大根役者が、あの名優のGanzだとは、見ていてよく似ている役者だとは思ったが、それがあのGanzだとは最後のスパンを見るまで信じられなかった。役者とは役によって良くも悪くもなるものであることを、この例で痛感する。
     そして、もう一つ。あの、音楽を商業主義で汚したカラヤンを、この音楽を讃える映画の最後に出して欲しくなかった。
     以上、純真無垢の早乙女を陵辱するような批評を書いてしまいました。読者諸子よ、ご容赦を乞う。

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    ネタバレあり
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