アパッチ砦のレビュー・感想・ネタバレ・評価|MOVIE WALKER PRESS
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アパッチ砦のレビュー・感想・ネタバレ・評価

1953年1月3日公開,128分

ユーザーレビュー

3.0
  • rikoriko2255

    やまひで

    3.0
    2009/4/15

     雄大な自然美、ぎらつく太陽、乾いた砂埃、アメリカ先住民、入植してくる白人、そしてこれを護るべき騎兵隊、これらの要素を組み合わせて「西部劇」は語られる。このUSA特有のジャンル「西部劇」の古典的作品を撮ったのが J.フォード監督(1926年から40年間監督として活動)であろう。そのフォード監督が撮った、所謂「騎兵隊三部作」の一つで、1949年作の『黄色いリボン』、1950年作の『リオ・グランデの砦』の先駆けを取ったのが本作、『アパッチ砦』(1948年作)である。主演は何れも、言わずと知れたJ.ウェインである。
     南北戦争で恐らくは北軍義勇軍で名誉進級を遂げて「ジェネラル」と呼ばれたサースデイ(H.フォンダ)は、戦後正規軍に入り、中佐となっていた。自らを「名将軍」と自負し、軍律と軍階級に厳格な中佐は、自分が何故フォート・アパッチの守備隊の司令官に任命されたのか理解できなかった。スー族やシャイアン族ならまだしも、名もないアパッチ族に何故自分が当たらねばならないのか。この傲慢さが結局は自身の、そしてその命令に従った部下の命取りになるのであるが。
     アメリカ史について少し本を読んだことのある人なら、この「サースデイ中佐」が例の、無謀な功名争いの結果、1876年に第7騎兵連隊の数個中隊を壊滅に導き、自らも戦死を遂げたGeorge Armstrong Custer中佐をモデルにしていることが想像できるであろう。一方、J.ウェイン演ずるところのヨーク大尉は、サースデイ中佐の自殺行為的命令に抗議したため、中隊指揮権を剥奪され、ウェスト・ポイントの軍事アカデミーを卒業したばかりのほやほやの二級ロイトナント、オルーク少尉と供に輜重隊に回されて、この「虐殺」(原作の題名をそうである)を辛うじて逃れたのである。ラスト・シーンが示すとおり、数年後、連隊長に昇進したヨークは、アパッチの酋長コチーズの後を受けて、ゲリラ戦を展開したジェロニモことゴヤスレイの討伐戦へと出発するのであった。ストーリー的にはこれが第三作の『リオ・グランデの砦』につながるわけである。
     アメリカ先住民に対するフォード監督の、本作での描き方は、僕の目には制作年代の割にはほぼ公平を保っていると見えて、好感が持てた。騎兵隊側との会談で、アパッチの酋長コチーズに何故彼らが居留地から出て、メキシコ側に逃れたのかを滔々と語らせている。ただ、本作ではその理由が、あるアメリカ政府から商業権を得た一商人のせいにだけしているのは、さすがにフォード監督の限界であろう。現実には、アメリカ先住民からその生存権を制度的に剥奪していくのは、「偉大な白い男」を頭に置くアメリカ政府であったのである。
     最後に一言、「英雄」伝説について。本作のラスト・シーンの直前にヨーク連隊長がジャーナリストの数人とインタヴューをする場面がある。サースデイ中佐の戦死の理由を知っている者には、彼が真の英雄ではないことを知っている。一方、ジャーナリストたちはその「英雄」ぶりを強調し、ここにその意識の開きを生み出させている。こうして、フォード監督は「英雄」というものは捏造されるものであることを正しくも提示している。一方では、連隊の伝統としては、嘘でも「英雄伝説」が必要であり、その英雄のために犬死した部下たちを記憶に留める者たちも連隊の人間であると、ヨークに言わせている。その意味で、連隊、ひいては軍隊こそがTrooperたちの「家族」なのだという発想が出てくるのである。退役するある騎兵大尉の悲哀を描く次作『黄色いリボン』も、この観点から言えば、ストーリーとしては当然と言えば当然の帰結でもあったのである。この点、三作ともにイギリス人俳優Victor McLaglenが作り出した、何か「黒澤明流」を思わせる、ユーモアある「軍曹」像に拍手を送るものである。(新兵の乗馬訓練のシーンに注目あれ!)

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