脱走特急(1965):映画作品情報・あらすじ・評価|MOVIE WALKER PRESS 映画
脱走特急(1965)
脱走特急(1965)
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脱走特急(1965)

1965年8月7日公開
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デイヴィッド・ウェストハイマーの小説「フォン・ライアン特急」を、「或る殺人」のウェンデル・メイスと「リオ・コンチョス」のジョセフ・ランドンが共同で脚色、撮影は「逆転」のウィリアム・ダニエルス、音楽は「不時着」のジェリー・ゴールドスミスが担当した。出演は「勇者のみ」のフランク・シナトラ、「がちょうのおやじ」のトレヴァー・ハワード、イタリア出身の新人ラファエラ・カラ、「勇者のみ」のブラッド・デクスターほか。

ストーリー

1940年。イタリア中部にある第202 捕虜収容所に、アメリカ空軍大佐ライアン(フランク・シナトラ)が捕虜としてやってきた。彼はエース・パイロットとして、その豪男ぶりをうたわれた男だ。収容所にいる700名の捕虜の大多数はイギリス兵で、中でも古つわもののフィンチャム少佐(トレヴァー・ハワード)は、捕虜となったことを潔しとせず、いつも脱走を企てては失敗している男だった。やがてイタリアが連合軍に降伏した。捕虜たちはオーストリアのインスブルックへ送られることになった。捕虜輸送指揮官はナチのクレメント少佐だ。その頃捕虜たちのリーダーはライアン大佐がフィンチャム少佐にとってかわっていた。捕虜たちを無事に脱走させる固い決心をしたライアンは、捕虜を乗せた列車が出発するとクレメント少佐をとらえ、護衛のドイツ兵を片づけ、列車乗っとりに成功した。だがスイスへ脱走するにはナチ占領下のイタリア領土を突っ走らなければならない。ドイツ語のできる捕虜はナチの将校に化け、駅で待機している指揮官に会って、列車の行先きをスイス方向に変更させた。クレメント少佐の情婦ガブリエラが人質としてライアンに捕えられていた。すきを見て彼女はクレメントを助け出し逃走したが、発見したライアンは彼らを射殺した。列車は機銃掃射をあび、ロケット砲撃されながらもスイス目ざして、ばく進した。ところが、スイス領に入る寸前、列車はドイツ兵の待伏せにあった。激しい戦闘を交えつつ、列車はスイス領に脱出することに成功したが、ドイツ兵の追撃を最後までうけていたライアン大佐は、ひと足違いで乗り遅れ、射殺された。

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作品データ

原題
Von Ryan's Express
製作年
1965年
製作国
アメリカ
配給
20世紀フォックス
初公開日
1965年8月7日
製作会社
マーク・ロブソン・プロ映画


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