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【特別寄稿】入江悠監督が見つめる、映画業界の未来と分断のグラデーション

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【特別寄稿】入江悠監督が見つめる、映画業界の未来と分断のグラデーション

再開後のミニシアターにおける「もうひとつの分断」

さらに、再開できたとしても、座席制限して観客同士の距離をあけなければならないミニシアターの苦しみを思う。そもそもミニシアターはその名の通り、シネコンに比べて劇場が小さく、座席数は少ない。例えば客席を通常時の半数に制限して、それで採算がとれるだろうか。都市部では採算が難しいミニシアターも多いだろう。再開できたとしても、じわじわと経営難に追いこまれていく映画館も多いだろう。

【コロナ禍の映画館】新潟シネ・ウインド井上経久(支配人)×入江悠インタビュー
【コロナ禍の映画館】新潟シネ・ウインド井上経久(支配人)×入江悠インタビュー

ここにもうひとつの分断がある。再開できたミニシアターのなかでも、次第に経営難に追いこまれていくところと、そうではないところがある。
これは、元々のキャパシティーや都市部か否かなどの要素が複雑に関わってくるため、一概にどこが危ない、とは言いにくい。しかしひとつだけいえるのは、緊急事態宣言が解除され営業再開できたからといって、決してナイーブに喜べる状況ではない、ということだ。見つめたくない事実だが、分断にはグラデーションがある。

では、どうしたら良いか。ひとつには、自粛要請に伴う休業補償がある。
私たちは、政府や自治体が自粛を「要請した」という事実を忘れるべきではないだろう。それは結局のところ、ピュアな意味での自粛ではなく、実質的な命令だからだ。その意味では、公的助成を求める「Save The Cinema」のアクションが今後は重要になってくる。ドイツやフランス、韓国などは、アート、文化全般に厚い補償を行なっているが、日本はそこにどれだけ近づけるか、今こそ問われている。

映画業界におけるアフターコロナ/ウィズコロナ

一方で、もっと普遍的に、アフターコロナ/ウィズコロナで私たちがいかに想像力を働かせられるかも問われ始めているように思う。ミニシアターの苦しみが分断しはじめているように、映画を劇場へ供給する配給会社、宣伝会社も、私たち映画製作者もこれから分断していくだろう。

大沢たかお、賀来賢人、岩田剛典出演の『AI崩壊』
大沢たかお、賀来賢人、岩田剛典出演の『AI崩壊』[c]2020「AI 崩壊」製作委員会

例えば私は、今年の頭に『AI崩壊』(20)という映画を劇場公開したが、これは全国各地で大勢のエキストラさんに参加してもらい撮影した。しかし、今後こういった大規模撮影の映画を作ることは、当分の間難しくなるだろう。「東京から大勢で来てほしくない」という地方のロケーションの要望もあるだろうし、不特定多数のキャストが集うこと自体も忌避されることは想像にかたくない。

一方、ミニシアターでの公開を想定された小規模な映画はどうだろうか。先述した通り、再開したミニシアターでも座席が半減しているため、公開しても満席にすることは実質不可能で、製作費が回収できない作品も出てくる。それなら製作しない、という映画会社やプロデューサーもいるはずだ。
となると、フリーランスのスタッフや俳優は仕事の場を失うことになり、日々の生活の糧を得ることが困難になる。
私もそのひとりだが、すでにフリーランスはこの2か月ほどの収入がなく、さらに今後も撮影がなければ、一向に収入のめどは立たない。ミニシアターに分断のグラデーションがあるように、配給から制作者にも立場の違いによって、その数だけ分断が生まれていくだろう。

すべてを包括した明快な解決策が示せないところに、今回の新型コロナ禍の恐ろしさがある。
今後生まれていく分断のグラデーションに対応していくには、おそらく「想像力を働かせる」しかない、と今の私は考えている。
私は仕事をなんとか再開できたが、あなたはどうだろうか。今もなお扉を開けられず、苦しんでいるのではないだろうか。

これまで続けてきたミニシアター支援とは、そういう意味で、立場の異なる他者を想像する過程の一歩であり、今後その想像の羽をより広くはばたかせて、様々なことを見つめることが求められる。これは抜本的な解決策ではないかもしれないが、コロナ禍で苦しむあらゆる人、あらゆる業界が、その解決の階段を上る一歩になるだろう。

入江監督が『AI崩壊』キャストと共に行ったオンライントークイベントの模様
入江監督が『AI崩壊』キャストと共に行ったオンライントークイベントの模様[c]2020「AI 崩壊」製作委員会

最後に希望めいたことを言わせてもらえば、「想像力を働かせること」はスクリーンで映画を観ることを愛してきた私たちには、別段難しいことではないかもしれない。
映画館のスクリーンとは世界を見つめる窓であり、私たちはそこでさまざまな他者を見つめる視力をいつも鍛えられてきたのだから。

文/入江 悠

■入江悠 プロフィール
1979年生まれ。『SR サイタマノラッパー』(09)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭グランプリ、第50回日本映画監督協会新人賞など受賞。『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11) で高崎映画祭新進監督賞受賞。その他に、『日々ロック』(14)、『ジョーカー・ゲーム』(15)、『太陽』(16) 、『22年目の告白-私が殺人犯です-』『ビジランテ』(ともに17)、『ギャングース』(19)など。2020年には『AI崩壊』が劇場公開された。
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