「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー

インタビュー

「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー


ーー日本でもティーンを中心に、大変人気なシリーズとなりました。

「彼女の『Bored』がシーズン1のサントラに、『lovely』がシーズン2に使われ、ストリーミングを中心に爆発的な人気となった。『13の理由』は十代の、特に女の子のメンタルヘルスを描いた作品ですが、じゃあなんで『13の理由』がNetflixでトップコンテンツになったのか?というと、そもそもNetflixがケーブルテレビを契約していない若い世代に向けてコンテンツを作っている会社だから。

セレーナ・ゴメスが製作総指揮を務めた「13の理由」。2017年に最も見られたドラマの一つに
セレーナ・ゴメスが製作総指揮を務めた「13の理由」。2017年に最も見られたドラマの一つに

すべてのものには背景があり、それを紐解いていかないと、突発的に現れたスターを一時的に消費するだけになっちゃう。2000年代後半、ビヨンセは東京ドームからワールドツアーをスタートしてましたが、あの時のお客さんの何割が、いまビヨンセがやってることに強い関心をもってるか。ポップ・カルチャーの世界におけるビヨンセの重要度はこの10年で天井知らずに増している一方で、日本のマーケットだけが置き去りにされてます。コロナウイルスの問題がなくても、いまのビヨンセのアーティストとしてのスケールに見合う来日公演の実現なんて夢のまた夢です」

ーー確かに、ビリー・アイリッシュは本当に久々に日本でも大ブレイクしたスターでしたね。

「本当は映画の世界でも、スターはたくさん生まれてるんですけどね。特にティモシー・シャラメなんて、10年に一人の絶対的なスターでしょ?」

ーー『君の名前で僕を呼んで』公開時、憧れのアーティストだというフランク・オーシャンにインタビューを受けた記事も話題になりました。

「そう。ティモシー・シャラメは久々に現れた一点の曇りもないムービー・スターであると同時に、フランク・オーシャンやカニエ ・ウェストなどとも交流があったりして、ポップ・カルチャーにおける超重要人物でもある。かつてのジョニー・デップやブラッド・ピットやレオナルド・ディカプリオと同じくらいかそれ以上の。でも、日本だとその認識が一部の映画ファンにしか共有されていない。

『DUNE』の公開を控えるティモシー・シャラメ
『DUNE』の公開を控えるティモシー・シャラメ 写真:SPLASH/アフロ

日本において、映画は特に一般の観客が同時代性を失っているジャンルですよね。いま映画で一番強いコンテンツはMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)ですが、ワールド・プロモーションで日本が飛ばされているのが象徴的です」

ーー『アベンジャーズ/エンドゲーム』の時も、アジア・ジャンケットのハブとして選ばれたのは韓国でした。

韓国で行われた『アベンジャーズ/エンドゲーム』プレミアの様子
韓国で行われた『アベンジャーズ/エンドゲーム』プレミアの様子 [c]Marvel Studios 2019

「日本に来るスターと言えば、トム・クルーズやアーノルド・シュワルツェネッガーみたいな30年以上前から活躍しているスターばかり。あとはワイドショーとスポーツ新聞での露出を見込んだ国内芸能人を稼働させた作品プロモーションですよね。これは日本の配給会社の怠慢も大いにあるわけですが…でも、突き詰めれば、情報を既存メディアに頼って、年に1回か2回しか映画館に行かなくなった、日本の観客が悪いってことなんですよ。期待を込めて言えば、いま10代、20代の人たちは雑誌メディアの全盛期も知らないこともあって、もっと文化受容に能動的な人が増えてるんじゃないかなって。『2010s』も、その能動性を促すための本になればと思って書きました。それはなぜかというと、“楽しいから”に尽きますね」

ーー例えば『2010s』を読んで、「POPLIFE: The Podcast」も聴いて、言及された作品を掘って…と、小さな宇宙が広がっていくかたちもありえますよね。

「自分がいろいろなところで寄稿したりしゃべったりしている、そこでのレコメンドを参考にしてもらえるのはうれしいんですが、もう“誰かのレコメンド”という時代ではないのかもしれません。NetflixもSpotifyもパーソナライズ化されたレコメンドの精度がどんどん上がってきてるじゃないですか。自分自身、そのアルゴリズムに引っ張られて作品を観たり聴いたりすることも当然ある。だから、これからの批評家やジャーナリストの役割は、好みの作品ばかりレコメンドしてくるアルゴリズムの罠にみんなが陥らないよう、別の視点や価値観を提供することなのかもしれない。
あと、近年自分がずっと主張してるのは、作り手の発言を聖典化しすぎないこと。大昔に自分も在籍していた『ROCKIN'ON JAPAN』などもその一端を担ってきたと思いますが、日本ではアーティストの精神性や、本人の発言を過度に信頼する文化があまりに根強くて。例えば、“星野源が『うちで踊ろう』に込めた真意”みたいなインタビューが出ると、それがそのまま唯一絶対の解になる」

ーー海外では‎、歌詞についてユーザーたちが分析し、批評し合う「Genius: Song Lyrics & More」というアプリなんかもあります。

「そう。あと、例えばカニエ・ウェストがApple Musicのインタビュー番組で自身のアルバム『ジーザス・イズ・キング』について語っても、『本人はそう言っているけれど…』と必ず本人の言葉も批評にさらされます。一方で、日本の場合はアーティスト本人が選んだお抱えのインタビュアーによるインタビューの発言をとにかく絶対視する。それによってなにが進むかと言うと、アーティストの教祖化とファンの信者化。そうやって、ほかのカルチャーと交わらない小さな宗教が乱立してきたのが、この20年間に日本のカルチャー・シーンで起こってきたことです。
そういう意味では、やっぱり絶対に批評的態度というのは必要で。ただ、そこで『批評を取り戻そう!』みたいなことを言ってもいまの世の中にはあまり響かない気がするので(笑)、作品からレファレンスやコンテクストを見つけて自分勝手に楽しむということを、しつこく提案していきたいですね。レファレンスやコンテクストというのは、もちろんアーティスト本人が意図したものもありますけど、時代のうねりの中で必然的に発生したものだったり、思いがけず別の世界とつながりが生まれたものだったり。ポップ・カルチャーの本質って、そこにあると思うんですよ」

■宇野維正 プロフィール
東京都出身。映画・音楽ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌の編集部を経て、2008年に独立。雑誌、Webなどで多くの批評やコラムを執筆する。主な著書に「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)、「日本代表とMr.Children」(ソル・メディア)。最新作は音楽評論家の田中宗一郎との共著である「2010s」(新潮社)。

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