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話題の中国SF「三体」翻訳者・大森望が語る『TENET テネット』…SFで“時間”を描く意味とは?

インタビュー

話題の中国SF「三体」翻訳者・大森望が語る『TENET テネット』…SFで“時間”を描く意味とは?

「私たちが普通だと思っている前提をひっくり返す」

小説や映画などジャンルを問わず、これまでに数多くの時間をテーマにした作品が作られてきた。そもそも時間を描くことで、どのような効果が得られるのだろうか?
「時間テーマは、宇宙テーマと並んで、SFではたいへん人気のあるサブジャンルです。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのように、なんらかの装置を利用して時を超えるパターンが一般的かと思いますが、ここ50年ぐらいでも、ありとあらゆる時間操作が実践されています」と語る大森さん。その歴史の長さ、パターンの多様さについてこう説明する。

「例えば、私が翻訳したバリントン・J・ベイリーの『時間衝突』では、未来から現在に向かって、同じ時間線を逆方向に進んでくるもう一つの地球が見つかり、このままでは正面衝突してしまうので、両者の間で殲滅戦争が始まります。イアン・ワトスンの短編『夕方、はやく』では、毎朝、歴史が先史時代にまで巻き戻り、ものすごい速度で文明が進んで、お昼ぐらいには産業革命が起き、朝は穴居人だった人が夕方には現代的な生活を楽しんでいる…みたいな世界の話。最近よく話題になる中国発のSF作品では、現代史が逆向きに進んでいくのと並行して、主人公の純愛を描く宝樹(バオシュー)による『金色昔日』のような変わり種もあります。こうした時間SFの最大の効果は、私たちが普通だと思っている前提をひっくり返すことでショックを与える、いわゆる”センス・オブ・ワンダー”を引き起こすことですね。宇宙SFに比べると、しんみりした情感を醸成しやすいという特徴もあります」

一方で、時間をテーマにした小説を映画化する際の難点についても言及。「宇宙ものは画としてわかりやすいスペクタクルを簡単に作ることができます。しかし、時間ものでは理屈が先に立つので、ぱっと見てわかるすごさを作りにくいというのが弱点ですね」

名もなき男の戦い…
名もなき男の戦い…[c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

「『メッセージ』は外せません」

大森さんが翻訳を手掛けた「息吹」のテッド・チャンと言えば、彼の前作「あなたの人生の物語」が『メッセージ』(16)として、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によって映画化されている。SF小説が原作となった近年の映画から、とくに興味深かったものを尋ねると「時間SFなら、やはりドゥニ・ヴィルヌーヴの『メッセージ』は外せません。タイムマシンも時間旅行も出てきませんが、異星人の文字を研究することによって主人公の認識が変容し、“過去から未来に向かって進む”という時間の制約から解き放たれることになります」と説明。

SFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化した『メッセージ』
SFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化した『メッセージ』[c] 2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.

このほかでは次のようなタイトルもピックアップしてくれた。「アンディ・ウィアーの『火星の人』をリドリー・スコットが映画化した『オデッセイ』(15)は、かなり原作に忠実に、うまく作られていたと思います。同じ火星ものでは、興行的には大失敗しましたが、エドガー・ライス・バローズの古典『火星のプリンセス』を映画化したアンドリュー・スタントン監督の『ジョン・カーター』(12)も好きです。なんであんなに評判が悪かったのか理解できません。あと、『TENET テネット』にわりとタイプが近いかもしれない作品としては、フィリップ・K・ディックの短編を原作とする『アジャストメント』(11)とか。ディック短編の映画化の例に漏れず、原作とは全然違う話になっていますが…」

マット・デイモンが火星でたった一人のサバイバルを繰り広げる主人公を演じる(『オデッセイ』)
マット・デイモンが火星でたった一人のサバイバルを繰り広げる主人公を演じる(『オデッセイ』)[c]2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

「自分が思いついたアイデアを突き詰めて考え、読者を唸らせられるかが勝負」

先述の通り、書評家、翻訳家として様々なSF小説に触れてきた大森氏。特に「この想像力はすごい!」と唸った作家はだれなのだろうか?
「よくこんなことを考えるなと驚くのは、先ほども挙げた『時間衝突』のバリントン・J・ベイリーですね。本作以外にも、文字通り服が人間を支配する『カエアンの聖衣』とか、神を殺す銃を作る短編『ゴッド・ガン』とか、突拍子もないアイデアの作品をたくさん書いています。バカなことを思いつくだけなら簡単ですが、自分が思いついたアイデアをどこまで突き詰めて考え、読者を唸らせられるかが勝負で、ベイリーはその点がとても優れています。現代の作家でいえば、グレッグ・イーガン(「宇宙消失」「順列都市」など)やテッド・チャンが双璧でしょう」と力説。読者をあっと驚かせる想像力に加え、科学的な根拠に基づく分析が大事であることを教えてくれた。


WHAT IS TENET?クリストファー・ノーランが仕掛ける『TENET テネット』特集


■「息吹」
発売中
価格:1,900円+税
著:テッド・チャン/訳:大森望

■「三体」
発売中
価格:1,900円+税
著:劉慈欣/訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ/監修:立原透耶

■「三体Ⅱ 黒暗森林(上・下)」
発売中
価格:各1,700円+税
著:劉慈欣/訳:大森望、立原透耶、上原かおり、泊功

発行元はすべて早川書房

■『オデッセイ』
Blu-ray 発売中
価格:1,905円+税
発売・販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン

■『メッセージ』
Blu-ray 発売中
価格:4,743円+税
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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    突如現れた球体型宇宙船と彼らと意志疎通を図ろうとする言語学者を描くSFドラマ
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  • オデッセイ

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    リドリー・スコット監督、火星に取り残された宇宙飛行士のサバイバルを描く
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    「ターザン」のエドガー・ライス・バローズの原作「火星のプリンセス」を映画化
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