元ヤクザ者の再起を描く『すばらしき世界』で、西川美和監督が光を当てた“見えない人々”|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
元ヤクザ者の再起を描く『すばらしき世界』で、西川美和監督が光を当てた“見えない人々”

コラム

元ヤクザ者の再起を描く『すばらしき世界』で、西川美和監督が光を当てた“見えない人々”

「常に人間の心の奥底までレンズを向ける西川美和監督と、長年にわたって数多くの異なる魂を表現してきた名優・役所広司の出会いは、それだけですでに観る者の心をときめかせる」

これは間もなく公開される映画『すばらしき世界』(2月11日公開)に向けて、『パラサイト 半地下の家族』(19)で昨年のアカデミー賞を総なめにした、ポン・ジュノ監督が贈った絶賛コメントの冒頭部分だ。さて『パラサイト〜』もそうであったが、この『すばらしき世界』の主人公もかなり異彩を放っている。何しろ、役所扮する「出所後に東京へと出て再スタートを切る」三上という男は、人生の大半を獄中で過ごしてきた元ヤクザという設定なのだ。ポン・ジュノが述べているように「人間の心の奥底までレンズを向ける」西川監督は今回、何を描こうとしているのか?

【写真を見る】”見えない人々”の存在を浮き彫りにする『すばらしき世界』
【写真を見る】”見えない人々”の存在を浮き彫りにする『すばらしき世界』[c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

──と、本題に入る前に、まずは『すばらしき世界』の内容について簡単に。原案となったのは直木賞作家の佐木隆三が1990年に発表し、伊藤整文学賞を獲得したノンフィクション小説「身分帳」。西川監督は自ら脚色を行い、時代背景を今日へと移し換えて、ほぼオリジナルともいうべき作品に仕立てあげてみせた。ちなみに身分帳とは刑務所内の個人記録のことで、これを手に入れ、俗っぽい好奇心から三上に近づき、取材する若きテレビマン(仲野太賀、長澤まさみ)の存在が、我ら観客にとって物語の“水先案内人”になる。

三上にすり寄る、仲野太賀と長澤まさみ演じるテレビマン
三上にすり寄る、仲野太賀と長澤まさみ演じるテレビマン[c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

ところで。強きをくじき弱きを助ける俠客をヒーロー、はたまた極道者をアンチヒーローにした「ヤクザ映画」は日本映画史の一角を占め、ひとつの様式美をつくった任侠路線や、それをアナーキーに崩した実録路線などを生み出していった。そしてその、映画におけるあくまで“フィクションとしてのヤクザ”はやがて、ワールドワイドに認知されてゆく。例えば1974年、任侠スターのシンボルだった“健さん”こと高倉健の本格ハリウッド進出作『ザ・ヤクザ』がヒット、1989年には松田優作が『ブラック・レイン』で狂気とカリスマ性を帯びた現代ヤクザを演じて、世界を瞠目させた。さらに北野武や三池崇史監督作品に頻繁に登場する、とんでもない暴力衝動を隠した「Yakuza」はグローバルに通ずる言葉となっていったのだ。

松田優作が狂気的なヤクザを演じた『ブラック・レイン』。高倉健、マイケル・ダグラスが出演
松田優作が狂気的なヤクザを演じた『ブラック・レイン』。高倉健、マイケル・ダグラスが出演TM & Copyright (C) 1989 by Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved. TM,(R) & Copyright (C) 2013 by Paramount Pictures.All Rights Reserved.

ちなみに役所広司も90年代、『大阪極道戦争 しのいだれ』(94)と『シャブ極道』(96)の2本でイケイケの“狂犬ヤクザ”を体現、題名さながらの強烈な印象を残した。が、同時期に『KAMIKAZE TAXI』(95)や『Shall we ダンス?』(96)の主演を担ってしまうのが凄いところ。『すばらしき世界』の三上も型破りで短気だが情に厚く、曲がったことの許せない性格の持ち主で、複雑なキャラクターに命を吹き込む“役所マジック”に心を鷲掴みにされてしまう!第56回シカゴ国際映画祭にて“観客賞”と“最優秀演技賞”の2冠に輝いたのも納得である。

出所した三上には“Yakuza”のカッコよさはない。待っていたのは世知辛い現実で、一般社会のルールになかなか馴染めず、従うことができない彼は“衝突と挫折”を繰り返して、もがき、七転八倒する。『すばらしき世界』は「元服役者のやり直しが難しい」というテーマに、少しコメディータッチも加えてアプローチしているのだが、同じ問題を終始シリアスに扱っているのが藤井道人監督、綾野剛主演の『ヤクザと家族The Family』(公開中)だ。しかもこちらは「1999 年/2005年/2019年」と3つの時代をクローズアップ。今の社会のなかでヤクザであり続けること、ヤクザが家族を持つことの困難さにも肉薄し、“暴力のカタチ”の変遷と、その暴力の連鎖を止める方法も模索している。

藤井道人監督の『ヤクザと家族The Family』(公開中)では、ヤクザであり続けることの困難さにも言及
藤井道人監督の『ヤクザと家族The Family』(公開中)では、ヤクザであり続けることの困難さにも言及[c] 2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

では、改めてもう一度。西川監督は今回、何を描こうとしているのか?彼女はこの『すばらしき世界』を送り出すにあたって、「世の中の関心事の枠外にある、誰からも見逃されているようなテーマをどうやって多くの人に興味や共感を持って観てもらうか」を考え、とても長く悩んだそう。完成作を観ながら想起したのが2018年、パルムドールを受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』(18)を含め、第71回カンヌ国際映画祭全体を総括した審査員長ケイト・ブランシェットの、閉会式冒頭で口にした「インビジブル・ピープル」という言葉だ。

第71回カンヌ国際映画祭で「インビジブル・ピープル」という言葉を口にしたケイト・ブランシェット
第71回カンヌ国際映画祭で「インビジブル・ピープル」という言葉を口にしたケイト・ブランシェット写真:SPLASH/アフロ

「インビジブル・ピープル」とは「見えない人々」、あるいは我々が「見ないふりをしている人々」のこと。ヤクザもまた、普段認めてしまっては不都合な存在であろう。しかしヤクザの成り立ちは歴史上、人間社会の矛盾と不条理が端的に集約、現代のリアルな縮図が反映されていたりもする。そして、翻っていつ我々も生きづらさを抱えた「インビジブル・ピープル」になってしまうか分からない(いや、もうなっているのかも…)。つまり『すばらしき世界』は『万引き家族』のごとく、世の中から追いやられた者たちに光を投じ、同時に彼らを通して世界を捉え直しながら、市井のひとりひとりに向き合っている切実な映画なのだ。

文/轟夕起夫


■『ブラック・レイン』
デジタル・リマスター版 ジャパン・スペシャル・コレクターズ・エディション 発売中
価格:1,886円+税
販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

■『大阪極道戦争 しのいだれ』
価格:DVD 2,800円+税
発売元・販売元:株式会社KADOKAWA

■『シャブ極道』
価格:DVD 2,800円+税
発売元・販売元:株式会社KADOKAWA

■『ザ・ヤクザ』
価格:DVD 1,572円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント

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