『彼女はひとり』中川奈月監督の革新性。“ホラー”を拡張する、新世代への期待【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】 - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
『彼女はひとり』中川奈月監督の革新性。“ホラー”を拡張する、新世代への期待【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

『彼女はひとり』中川奈月監督の革新性。“ホラー”を拡張する、新世代への期待【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

宇野「このテーマで、自分の母校で、長編デビュー作ってことになると、どうしても主人公に中川監督ご自身を重ねてしまいたくなるのですが」

中川「『彼女はひとり』の主人公には、本当に言いたいことを言わせた気持ちはあって。その当時は、人を傷つけたい気持ちが自分にもあったんだろうなって思います。自分で書いた台詞なんですけど、役者さんが言っているのを聞いて、すごく怖くなって。『よくこんなこと書いたなあ』って(笑)。でも、自分もうまく世渡りができない人間なので、上手いことずるく逃げて行く人たちを捕まえたかった、みたいな気持ちがあって」

宇野「そこには中川監督のルサンチマンが込められていると」

中川「そう思いますね」

宇野「しかも、それを母校で。してやったりですね(笑)」

中川「最初に主人公飛び降りますけど、大丈夫ですか?って(笑)」

『彼女はひとり』はカーテンや影が揺らめくシーンも印象的だ
『彼女はひとり』はカーテンや影が揺らめくシーンも印象的だ[c]2018「彼⼥はひとり」

宇野「ですよねえ。それ、一番やってほしくないことですよね。そのあとも、学校でやってほしくないことのオンパレードで(笑)。大学に進学してからは、映画サークルとかには入らなかったんですか?」

中川「一応入ってはみたんですけど、その時はあんまりよくわからなくて。3、4か月ぐらい先輩が映画を撮っているのをそばで見たりして、『出て』って言われたからちょっと出たりもしたんですけど、『なんだこれは』『なんの話をやっているんだ』ってなってしまって」

宇野「(笑)。どういうところがピンとこなかったんだろう? 全部ピンとこなかったみたいな?」

中川「そうですね。例えば、私が主人公の恋人役みたいな感じで、仲良く歩いているシーンを撮りたいって言われて。校舎横を『壁に向かって歩いてくれ』って指示されるんですけど、『でも壁だけどな…』とか思いながら全然テンション上がらず、みたいな(笑)。『一体私はなにをしてるんだろう?』ってその時は思っちゃいましたね」

宇野「でも、何年かして、自分で映画を撮ろうと思い立ったわけですよね?」

中川「就職を控えて、映画の配給会社とか宣伝会社とかを受けてみようかな、みたいな気持ちもあったんですけど、大学4年のころにショートショートフィルムフェスティバルという短編映画祭のインターンをやったんですね。そこで30代くらいの方に『20代は好きなことやればいいよ』って言われて、じゃあ、一回就職しないで制作のほうやってみようかなと思って。就職するのはやめて、映画を作るニューシネマワークショップっていう学校に行ったんです。そこで短い作品を作ってみたら、わりとおもしろいって言われたりすることがあったので、じゃあ続けてみようと」

“ホラー”というジャンルに可能性を見出す中川奈月監督。展望を聞いた
“ホラー”というジャンルに可能性を見出す中川奈月監督。展望を聞いた撮影/河内 彩

宇野「制作会社とかに入って、現場でとりあえず勉強するとかじゃなく、自分の作品を作りたかった?」

中川「はい。まず自分で一回作りたかったんです。それで、映画を作る学部もあったので、立教大学映像身体学科の大学院に行こうと思って。そこで篠崎誠監督が指導教員としていらして、受け入れてくれたんですよね。私はシネフィルでは全然なかったんですけど、篠崎先生がいろんな映画を見せてくれて、そこでもっと『映画やりたいな、おもしろいな』ってなって、脚本も書き始めて…という感じでした」

宇野「『彼女はひとり』は、その立教大学大学院の修了制作として作られた作品だったわけですけど、そこから全国公開されるまで5年。なんか、5年前に撮った作品がこうして多くの人の目に触れて、いまになって評価されるというのは、ちょっと不思議な感覚なんじゃないですか?」

中川「そうですね。もともとこの『彼女はひとり』を撮るまでに、人から評価されるような短編を撮ったこともなくて、ちゃんとおもしろいって自分で思えるような脚本を書けたこともなかったんですよ。本当にたまたまこれが書けて、撮影に芦澤(明子)さんを呼ぼうかとか、どんどん大きなことになってしまって。制作のイロハもしらないし、撮ったあとに作品もどうすればいいのかもまったく知らないまま撮ったので、撮り終わった段階ですごく疲れてしまって。

黒沢清監督作品で知られる芦澤明子が撮影を務めた
黒沢清監督作品で知られる芦澤明子が撮影を務めた[c]2018「彼⼥はひとり」

そこから、編集も全然終わらないし、これが本当におもしろいのか自分でもわからないような状態になっていって。芦澤さんに入っていただいたこともあって、ちゃんと自分が監督として撮れていたのかという疑問もあったりして。その時はまったく自信がなかったんです。それで、そのあとに藝大に入って、そんないろいろな不安を抱えつつ周りを見てみたら、『あ、意外に自分できるわ』っていうことにそこでようやく気づいて(笑)」

宇野「(笑)。いまでこそストリーミングサービスのおかげで、ミュージシャンは曲が出来たらすぐに配信して、バーっと世界で聴かれるみたいな環境も整ってきましたけど、かつてミュージシャンのインタビュー現場では『いや、本音を言うとこれ1年前に作った曲だから』みたいな話によくなって。それこそ半年とかのタームでも、特に若い表現者は常に成長して、常にいろんなものを吸収しているから、作品が世に出るまでの時間のギャップにもどかしい気持ちになったりするものだと思うんですけど」

中川「それは、少し前まですごくありました。でも、完成した後にいろんな映画祭とかでかけていただいて、年々観てもらえる人が増えていくうちに、だんだん『観てもらってよかった』って気持ちになっていったんですよね。最初に『いい』って言ってくれた方たちもいたんですけど、『その方たちが言っていたことは、ほんとにほんとだったんだ』みたいな」

宇野「完全にインディペンデントな作家の作品が全国公開になるまでっていうのは、そういうことなんでしょうね。コンペとかで優勝しちゃったほうが手っ取り早い?」

中川「ああ、それは本当に。『彼女はひとり』を出品した同じ年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で作品賞を獲ったのが『岬の兄弟』で。片山(慎三)監督のいまの状況とかを見てるとそう思いますね」

宇野「なるほど。『彼女はひとり』を撮ったあと、中川さんは藝大の大学院に入られて」

中川「はい。藝大に行って、今回そこで教わった黒沢監督にもコメントをいただいて、それでまた観てくれる人が増えて。そういう意味では『コメントもらうために藝大行ったのか』という感じも(笑)」

黒沢清監督が、「あまりにもダークで狂気的な世界観」と称賛コメントを寄せている
黒沢清監督が、「あまりにもダークで狂気的な世界観」と称賛コメントを寄せている[c]2018「彼⼥はひとり」

宇野「もう院は卒業されているんですよね?」

中川「はい。藝大で、長編をもう一本撮っているんですよ。『夜のそと』という」

宇野「そちらはまだ観る機会がなくて」

中川「いやあ、観てもらうのはちょっと怖いですね…」

宇野「でも、ご自身としては、『彼女はひとり』からさらにステップを踏んだという実感はあるんですよね?」

中川「構成は巧くなったような気がしますし、脚本も成長しているという声もいただけるんですけど、『彼女はひとり』に込めた、この感情には勝てないっていうのがあって」

宇野「ああ、なるほど」

中川「『彼女はひとり』より好きだって言っていただける方もいますし、黒沢監督も褒めてはくれていたんですけど…」

宇野「現時点では、『夜のそと』を『彼女はひとり』のように広いところに持っていこうというより、意識としてはその次の作品に向かってる?」

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撮影/河内 彩

中川「そういう気持ちですね。早く次の作品を撮りたいなって思ってます」

宇野「脚本も自分で書くといのは、今後もこだわりとしてある?」

中川「ありますね」

宇野「結果として、日本映画でおもしろい映画を撮り続けている監督はそういう Writer-Directorタイプの人が多くなってくるんですよね。ただ、年齢的にも中川監督には可能性しかないと思うので敢えて訊きますけど、いまの日本映画の環境に閉塞感を覚えたりはしませんか?」

中川「そうですね…。同世代の監督には、自主映画に近いかたちで撮っている人たちが多いですけど、私は早く商業で撮らせてもらいたいっていう気持ちがすごく強いんです。近い仲間で撮るってなっても、どうしても低予算でやらなきゃいけない。昨年も短編を一本撮ろうと計画していて、それは結局コロナで中止にしてしまったんですけど。その時も、すごく安いお金で現場に来てもらうことの申し訳なさやつらさがあって。そうなると、なかなか自主で撮ろうという気になれない。自分はそういう弱気なところがあるので」

宇野「いや、それが普通の感覚で、お金もないのに強気の人が多すぎるほうがおかしいんですよ」

中川「だから、ちゃんと予算をもらって撮りたいっていう気持ちがすごく強いです。そのためにも、自分でおもしろい脚本を書かなきゃいけないと思っていて。それを書くまではなにも出来ないな、みたいな。周りにも『私はどうしていけばいいですかね?』みたいなことをよく訊いていて。いまは職業として監督になることを目指しつつ、バイトをしているので。でも、いろんな人に訊いても『わかんない』って(笑)。監督の方に訊いても、『うーん』って唸られたあとに、『わかんない』って(笑)」

宇野「その突破口となるのが、おもしろい脚本?」

中川「私はそう思っていて。とにかく、おもしろい脚本が書けますよ、おもしろい映画が撮れますよ、ということを自分のほうからアピールしなきゃいけないなと思っていて」

射るような視線を投げかける福永朱梨。橋から身を投げるが、死ねずに生還した女子高生という役どころ
射るような視線を投げかける福永朱梨。橋から身を投げるが、死ねずに生還した女子高生という役どころ[c]2018「彼⼥はひとり」

宇野「『彼女はひとり』では、福永(朱梨)さんは本当に巧い方で、作品を堂々と背負っていると思ったんですけど、一方で、中川監督は敢えて演出の違和感やぎこちなさみたいなものも大切にしているのかなって。この演出が意図的なものなのか、あるいは学生映画だからなのか、ちょっと判別がつかないところが正直あって。例えば黒沢清監督の作品とかでも、黒沢清作品だから許される、みたいなところあるじゃないですか。近年の作品こそ、かなり役者のほうに託されているように見えますけど」

中川「そういう演出の違和感やぎこちなさというのは、好みとしてあります。でも、それが『彼女はひとり』の時にどれだけちゃんと反映できていたかどうかというのは別の話かもしれません。どちらかというと、いまのほうがそういう意識が強いですね。日本映画を撮る人の中にも、そういう人がいてほしいなって」

宇野「それと、『彼女はひとり』で非常に興奮させられたのは、幽霊が実体として現れるというシーンだったんですが、これもやっぱり黒沢清作品からのダイレクトな影響なのかなって」

中川「黒沢さんの映画の幽霊もすごい好きですし、あとは立教の大学院でちょうど脚本を書いている時に『これ観たほうがいいよ』って見せてもらったのが、ジョン・カサヴェテスの『オープニング・ナイト』だったので」

『オープニング・ナイト』公開時に登壇したジーナ・ローランズとジョン・カサヴェテス監督
『オープニング・ナイト』公開時に登壇したジーナ・ローランズとジョン・カサヴェテス監督写真:EVERETT/アフロ

ジョン・カサヴェテスと、『オープニング・ナイト』主演で妻のジーナ・ローランズ。2人は12本もの作品でタッグを組んだ
ジョン・カサヴェテスと、『オープニング・ナイト』主演で妻のジーナ・ローランズ。2人は12本もの作品でタッグを組んだ写真:EVERETT/アフロ

宇野「ああ、なるほど!(笑)」

中川「あの映画での幽霊の扱いがとてもおもしろくて。そこはかなり反映させてもらっていますね」

宇野「『これまでいろいろ失敗してきた』とか『シネフィルでは全然なかった』とかおっしゃってましたけど、とても恵まれた環境で、筋のいい作品にたくさん接してこられたんですね」

中川「篠崎監督からは、たくさん映画を観る機会を与えてもらったので影響はあったと思いますけど、全部私のやりたいことをかたちにさせてもらえたので、とても感謝してます。藝大で長編を撮った時は、黒沢監督からは一切アドバイスを受けてないんですよ。ちょうど海外で撮影をされていた時期で、全然いらっしゃらなかったこともあって。でも、そうですね、恵まれた環境だったのかもしれません」

宇野「日本の映画界の現在の状況は別として、最初にも言ったように、ホラー、あるいはスリラー志向の強い若い女性監督って、どう考えてもいま世界で最も求められてるタイプの監督の人材だと思うので、『彼女はひとり』がこうして多くの人に観られることになったのをきっかけに、中川監督にはどんどん撮っていってほしいですね。たまには駄作でもいいので、それを作品数でカバーするくらいの勢いで」

中川「駄作でもいいって言ってもらえるのはうれしいですね(笑)。ご期待に応えられるようがんばります」

中川奈月監督
撮影/河内 彩

取材・文 /宇野維正


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