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エドガー・ライトがこだわり尽くした『ラストナイト・イン・ソーホー』、スウィンギング・ロンドンの光と闇をひも解く

コラム

エドガー・ライトがこだわり尽くした『ラストナイト・イン・ソーホー』、スウィンギング・ロンドンの光と闇をひも解く

60年代のイギリスを象徴する、ヒットナンバーで構成された劇中曲

エドガー・ライトによる、抜群の選曲センスが全編に冴えわたる
エドガー・ライトによる、抜群の選曲センスが全編に冴えわたる[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

本作を作るにあたり、なにより彼にインスピレーションを与えたのは60年代のヒット曲だ。出世作『ショーン・オブ・ザ・デッド』から本作まで、ライト監督は起用楽曲を的確に選出するDJのようなセンスを持っている。このような監督には、アメリカではクエンティン・タランティーノがいるが、イギリス代表のDJ監督は間違いなく彼だ。

ラストナイト・イン・ソーホー』というタイトルは、1968年のデイヴ・ディー、ドジー、ビーキー、ミック&ティッチによるヒット曲のタイトルから取られており、この曲は劇中でもフィーチャーされている。本作は当初違うタイトルを予定していたが、タランティーノ監督のアドバイスにより『ラストナイト・イン・ソーホー』に決定した逸話があり、エンドクレジットにもタランティーノ監督の名前の記載がある。

サンディの身に起こることを追体験するエロイーズ
サンディの身に起こることを追体験するエロイーズ[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ヒロインであるエロイーズの名も、1968年にイギリスでヒットしたバリー・ライアンのナンバーで、こちらも劇中で流れる「エロイーズ」からの引用。対するサンディについては、劇中で流れる「恋のウェイト・リフティング」というすさまじい邦題がついた曲を歌うサンディ・ショウから名付けられている。劇中ではショウの曲「パペット・オン・ア・ストリング」もフィーチャーされるが、悪い男に捕まってしまった女性の失意を歌うその歌詞のように、サンディは“あやつり人形”となっていくのだ。

スポットライトを浴びるスターシンガーと、深い闇へと堕ちていくサンディの対比

先にも述べたように、エロイーズはスウィンギング・ロンドンの時代に憧れており、彼女が聴いている曲もその頃のナンバーばかりだ。寮のベッドで寝転んで聴いているのはザ・キンクスが1968年に発表した「スターストラック」。スターの“追っかけ”を題材にした、その歌詞には“君はまばゆい都会の灯りの犠牲者/まともじゃない”という部分があるが、エロイーズのこの後の運命を暗示しているかのようだ。

憧れのロンドンに心を躍らす一方で、サンディとのシンクロに疲弊していくエロイーズを魅力たっぷりに演じたトーマシン・マッケンジー
憧れのロンドンに心を躍らす一方で、サンディとのシンクロに疲弊していくエロイーズを魅力たっぷりに演じたトーマシン・マッケンジー[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

一方、サンディは“私は次のシラ・ブラック”と豪語するほどの自信家。シラ・ブラックは当時のビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインに見いだされ、1964年に「エニワン・フー・ハド・ア・ハート」の大ヒットで有名になった女性シンガー。このナンバーは劇中でも使われているが、クローク係だったブラックがスターまで駆け上ったこともあり、当時の若い女の子たちの憧れの的だったことをうかがわせる。


アニャ・テイラー=ジョイが自らが歌ったクラブのオーディションのシーン
アニャ・テイラー=ジョイが自らが歌ったクラブのオーディションのシーン[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

のちにサンディはクラブのオーデイションを受けることになり、そこでアカペラで歌うのがペトゥラ・クラークの「恋のダウンタウン」。明るい曲調だが、孤独を歌い、サンディの心象を表現した本作のメインテーマソングだ。こちらも1964年の世界的なヒットナンバーで、劇中ではサンディ役のアニャ・テイラー=ジョイが自ら歌っている。

60年代を生きるサンディとジャックに完全になりきったアニャ・テイラー=ジョイとマット・スミス
60年代を生きるサンディとジャックに完全になりきったアニャ・テイラー=ジョイとマット・スミス[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ざっと代表的な使用楽曲を挙げたが、いずれにしても既成のナンバーがエドガー・ライトの作品で重要な役割を果たすのは、ヒット曲のビートでミュージカル風のカーチェイスを演出した『ベイビー・ドライバー』の例を出すまでもないだろう。

音楽はもちろん映像にも、スウィンギング・ロンドンの光があり、同時に闇もある。ライトがこだわって作り上げたそんな世界にどっぷりと浸かりながら、“最高傑作”と称される本作のスリルを味わってほしい。

文/有馬楽


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