「自分はいったい何者なのか?」『ある男』妻夫木聡と窪田正孝が“別の誰かになる”俳優業への想いを語る|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
「自分はいったい何者なのか?」『ある男』妻夫木聡と窪田正孝が“別の誰かになる”俳優業への想いを語る

インタビュー

「自分はいったい何者なのか?」『ある男』妻夫木聡と窪田正孝が“別の誰かになる”俳優業への想いを語る

愛したはずの夫が、実はまったくの別人だったとしたら…?芥川賞作家、平野啓一郎の同名小説を、『愚行録』(17)、『蜜蜂と遠雷』(19)の石川慶監督が、本作で3度目のタッグとなる妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝をはじめとする、演技巧者を取り揃えて映画化した『ある男』(公開中)。別人として生きた“ある男”の正体を追う主人公の弁護士・城戸章良役の妻夫木聡と、名前も過去も変え「谷口大祐」という別人として生きた謎多き“ある男”を演じた窪田正孝に「俳優」という仕事の怖さと醍醐味、そして「愛」を巡る哲学について語ってもらった。

石川慶監督の『ある男』は現在公開中
石川慶監督の『ある男』は現在公開中[c]2022「ある男」製作委員会

「この仕事をしていると、自分を見失ってしんどくなる時もあります」(妻夫木)

――劇中、直接的な共演シーンはないですが、完成作でお互いのお芝居をご覧になって、特に心に残ったシーンや、ハッとさせられた瞬間はありますか?

妻夫木「いやもう、全部ですよね。窪田くんが出てるシーンのすべてが印象に残りました。原作でも、脚本を読んだ時も、僕がイメージしてた大祐像って、どこか謎めいていたんです。なにを考えているのかわからない。でも、それを窪田くんが良い意味で裏切ってくれた。もしかしたら、里枝(安藤サクラ)と出会ってからの夫としての姿さえも嘘だったのかもしれないけど、大祐はその瞬間、その瞬間を、ちゃんと大祐としていきいきと生きているんですよ。その証があるからこそ、城戸の調査によって大祐の真実を知った里枝も、最終的にはちゃんと救われるところにまでつながったんじゃないかと思うから。

映画って芸術でもあるけど、その一方でちゃんとエンタテインメントとしても成立させないといけないわけで。窪田くんのあのお芝居があったからこそ、この作品はエンタテインメントになり得たんだと思うし、この『ある男』という物語が映画として新たに生まれ変われたのは、窪田くんが演じた大祐がいたからこそだと思うんですよね。窪田くんが変にミスリードしなかったことが、すごく良かったというか。もしどこかひとつでも窪田くんが意図的に見せようとして演じていたら、あの大祐にはならなかったわけなので。窪田くんの誠実さこそが、この役を生んだんだと僕は思っています」

謎の男の正体を追う弁護士、城戸章良を演じた妻夫木聡
謎の男の正体を追う弁護士、城戸章良を演じた妻夫木聡撮影/YOU ISHII

窪田「そんなふうに言っていただけてありがたいですね。妻夫木さんが演じた城戸は、すごく重圧を背負っていて、時に人の人生を狂わせてしまうような、責任ある仕事をされている人物なので。それを見事に体現されている妻夫木さんの姿を見て、キャリアを重ねてきた人じゃないと、この役は演じられなかっただろうなあと感じました。城戸は里枝から依頼を受けて大祐という人物の過去を探っていくうちに、自分自身のトラウマとも向き合わざるを得なくなり、『自分は何者なんだろう?』と、惑う瞬間があるんです。きっと誰しも自分が正しいと思って生きてるけど、不安は拭えないし、選択すれば責任は全部自分に来るから、誰のせいにもできない。でもやっぱり生い立ちとか、子どものころに植えつけられたトラウマみたいなものって、本人がコントロールできることではないじゃないですか。そういったところも、城戸は大祐を通して見つめているというか。人間の感情の深さみたいなものを、妻夫木さんが映画の中で体現されていたのがとても印象的で。直接の共演シーンはなかったものの、ご一緒できて本当に良かったなと思いますね」

別人に成り代わって生きた“ある男”を演じた窪田正孝
別人に成り代わって生きた“ある男”を演じた窪田正孝撮影/YOU ISHII

――「アイデンティティの揺らぎ」を描いたこの作品のテーマとも通じると思うのですが、お二人は俳優として「自分とは違う別の人間になること」を作品ごとに繰り返すなかで、時として、本当の自分を見失って戻ってこられなくなるような瞬間もあったりするのかなあと。

妻夫木「自分でもヤバいなと感じる瞬間は、過去にありました。一番大変だったのは、『悪人』の時なんですけど、あれは戻るまで結構時間がかかりましたね。役を演じていない時の自分はどうしていたのか、どんなふうに笑っていたのかさえもわからなくなっちゃって…。いろんな病院に行って調べてもらったり、有名な漢方薬を試してみたりして。結局は時間が解決してくれたというか、友だちとか家族の存在に助けられて、いつの間にか元に戻れましたけどね。やっぱり、自分では毎回同じように取り組んでいるつもりでも、その都度作品との向き合い方は微妙に違うみたいで。特に吉田修一さん原作&李相日監督コンビでご一緒する時は、いつもより入り込みすぎてしまう気がします。多分、李さんがそういう状態を求めているところもあって(笑)。


『怒り』の撮影前のご祈祷で、渡辺謙さんに『お前、頑張りすぎんなよ』って言われたことがあったんです。その時僕は4か月くらい前から役作りをしていて、その姿を見てなのか、誰かから聞いたのかはわからないんですけど、『命懸けなくてもいいんだぞ、しょせん芝居なんだから』みたいなことを言われたんですよ。でも正直、その時は謙さんの言っている意味が全然わからなかったんですよね。『いや、命懸けないと良い芝居なんかできないじゃん!』って、どこかで思っていたりして(笑)。あとになって思えば、きっと謙さんは、ギリギリのところにいる僕を見て声をかけてくださったんでしょうね」

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