イニャリトゥ監督が明かす、22年ぶりの故郷での映画制作と劇場公開への想い「映画館で観た映画は忘れ難いもの」|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
イニャリトゥ監督が明かす、22年ぶりの故郷での映画制作と劇場公開への想い「映画館で観た映画は忘れ難いもの」

インタビュー

イニャリトゥ監督が明かす、22年ぶりの故郷での映画制作と劇場公開への想い「映画館で観た映画は忘れ難いもの」

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督は、映画監督デビュー作『アモーレス・ペロス』(00)以来、『21グラム』(03)、『バベル』(06)、『BIUTIFUL ビューティフル』(10)、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)、『レヴェナント:蘇えりし者』(16)とコンスタントに作品を発表してきた。珍しく期間を空け、6年ぶりとなった最新作『バルド、偽りの記録と一握りの真実』(公開中、Netflixにて独占配信中)は、『アモーレス・ペロス』以降に初めて故郷のメキシコで撮影されている。

メキシコ出身で現在は家族と共にロサンゼルスに居住する、著名なジャーナリスト兼ドキュメンタリー作家のシルベリオは、母国の名誉賞を受賞し帰郷することになる。その旅路で彼の思考を揺るがすものは、中年に差し掛かかろうとしている彼の半生の記憶だった。今作は第79回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品、東京国際映画祭でも上映された。

イニャリトゥ監督は、第35回東京国際映画祭で深田晃司監督と共に「黒澤明賞」を受賞
イニャリトゥ監督は、第35回東京国際映画祭で深田晃司監督と共に「黒澤明賞」を受賞撮影:成田おり枝

「感傷的な旅路の記録で、半自伝的作品ではない」

9月のヴェネチア国際映画祭での今作のプレミアにて記者会見が行われた。イニャリトゥ監督は、「2001年の今日は、私たち家族はメキシコを離れアメリカのロサンゼルスに移住した記念日です。大いなる幻想とたくさんの計画を胸に、1年で帰ろうと考えていたのですが、21年が過ぎてしまいました。そして、この出来事が『バルド』の基本的な原点だったと考えています。なぜなら、故郷を離れるときに最も喪失感を感じるのは、国の存在そのものだからです。喪失感は日々、異なる形で現れるもので、だから私は『メキシコは国ではなく、心の状態である』と言いました。それぞれにとっての国家が、最終的には心の状態だと思います。ここで描いている物語は、自分に対し語り続けてきたものですが、視点や距離感、時間が変わると物語や心情は変容し始めます。不在の解釈と帰郷を、自分にとっての鏡のように撮影したとき、一方的に知っていたけれど親しくはなかった新しい友人を見つけたような気分でした。この映画は記憶の感情的な再解釈と言えるでしょう」と、映画の意図を自身の体験と重ね合わせて語った。

ヴェネチア国際映画祭での記者会見でイニャリトゥ監督が語った想いとは
ヴェネチア国際映画祭での記者会見でイニャリトゥ監督が語った想いとはNetflix 映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』独占配信中

自身の心情や体験から今作の企画を立ち上げたが、「感傷的な旅路の記録で、半自伝的作品ではない」と否定する。そんなイニャリトゥ監督自身とは切り離されたオルターエゴともいえる、シルベリオ役を演じたダニエル・ヒメネス・カチョは、スペイン出身で主にメキシコで活動し、出演作には、ペドロ・アルモドバル監督の『バッド・エデュケーション』(05)や、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督がコロンビアで撮影した『MEMORIA メモリア』(21)がある。

主人公のシルベリオ役を演じたダニエル・ヒメネス・カチョ
主人公のシルベリオ役を演じたダニエル・ヒメネス・カチョ[c]SPLASH/AFLO

約3時間の映画にほぼずっと出演しているヒメネス・カチョは、通常の演出や演技とは異なるイニャリトゥ監督の演出に身を任せたという。「アレハンドロは、『キャラクター構築や感情曲線のような合理的なものは忘れましょう。ここがクライマックスだとか熟考しないで』と言いました。この映画での体験は、キャラクター構築ではなく、『今日の気分はどうだろうか』と瞑想しながら演じるようなものでした。シルベリオに対し、『まあやってみよう。あとから見て私たちがうまく繋がっていれば、すばらしいじゃないか』と自分に言い聞かせていました」。

名誉賞を受賞し帰郷することとなったシルベリオ
名誉賞を受賞し帰郷することとなったシルベリオNetflix 映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』独占配信中

イニャリトゥ監督がシルベリオに託したのは、“成功”がもたらす失望を体現することだった。「映画監督であれ、歯医者であれ、タクシー運転手であれ、弁護士であれ、成功の定義がなにであるかに関係なく、成功を手にしたとき、自分が想定していたことがすべて解決されるわけではないと感じます。成功は到着する場所ではなく、非常に主観的なプロセスであり、大抵はなによりも失望をもたらすものです。なにかを達成した人なら誰でも、成功はそのあとに続く一つのステップに過ぎないことに気づき、決して満足することのない煙の玉を追いかけることになります。そして、そこから先は、成功の代償はなんなのか、という人格への問いかけに繋がる。成功とは、外的に達成すよりも、内面で達成するものなのです」と、イニャリトゥ監督は話す。

『セブン』などの撮影監督、ダリウス・コンジによる美しい映像と共に夢と現実が入り交じる
『セブン』などの撮影監督、ダリウス・コンジによる美しい映像と共に夢と現実が入り交じるNetflix 映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』独占配信中


この心理は、『バードマン』で第87回アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞(エマニュエル・ルベツキ)を、そして『レヴェナント』で2年連続監督賞を受賞した経験も関係しているのではないかと思われる。今作は、撮影時から見ると7年ぶりに復帰した映画制作で、現在も次にいつ作品を撮るのか予定は立っていないという。「正直なところ、これからどうすればいいのかわからない」と心情を吐露していた。

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