『リトル・マーメイド』吹替版音楽はこうやって作られた！レコーディング秘話や楽曲の魅力を徹底解剖

「まだ見ぬ世界へ」/ WILD UNCHARTED WATERS

この実写版では、アニメーション版以上に王子であるエリック(ジョナ・ハウアー＝キング)の役が深く掘り下げられています。そのエリックの曲を、リン＝マニュエル・ミランダ氏が手掛けたわけですが、結果的に海のパートがアニメーション版の作詞を手掛けたハワード・アッシュマン、陸のパートが新曲の歌詞を手掛けたリン、という区分になりました。

王子としてなにかと制限も多い立場ながら、海の世界へ出て、もっと世界を見てみたいと願うエリックは、アリエルの映し鏡のよう。この新曲にも「パート・オブ・ユア・ワールド」へのリスペクトが込められているように感じます。「パート・オブ・ユア・ワールド」と同じくオーケストレーションで、波打つメロディはピアノコンチェルトのよう。十分な歌唱力が求められるハードルの高い曲なので、海宝直人さんにお願いすることになりました。訳詞には、単に「海に出たい」というだけではなく、誰もが「新たな人生へ向かってみたい」と思える気持ちを、たくさん込めていただきました。海宝さんのすてきな「台詞歌唱」の新曲を、ぜひ繰り返し聴いてもらえたらうれしいです。

「哀れな人々」/ POOR UNFORTUNATE SOULS

海の魔女アースラのこの曲はアニメーション版でも人気があるので、実写の口の動きに合わせながらも極力歌詞を変更しないように心掛けました。アニメーションの吹替版の「たましい」の部分は、現在のスピード感に合わせて「かなしい」「たましい」と2語にするなど微調整しました。

英語版のアースラ(メリッサ・マッカーシー)の声は、女性のアルト。男性に近い低さです。通常の女性譜面を1オクターブ落とすイメージですが、その声を日本で表現できる数少ない才能が、浦嶋りんこさんでした。りんこさんの声質は、恐ろしいムードを出しつつ、どこか愛着が湧いてしまう。この曲は、メインのメロディ以外の多くの部分で、楽譜の音符が「×」。前述の「アンダー・ザ・シー」と同じく、演じる側に任されます。リズムや音階を特定しすぎると、屈辱の長い年月を過ごしたアースラらしいパワーが出ないので、レコーディングでは、そのパワーを自在に操れるようにりんこさんとブースで大胆に作り上げていきました。日本語として聴きやすいことを大切に、実は英語版とはリズムをほんの少しだけ変えた部分もあります。

「何もかも初めて」/ FOR THE FIRST TIME

アリエルが「陸」の世界を目の当たりにする歌で、まさに「アンダー・ザ・シー」と対になる新曲です。アラン・メンケン氏が作曲したものにリン＝マニュエル・ミランダ氏がテンポの変更を提案したそうで、ラテンのパーカッションは、リンの個性が最大限に発揮されています。その軽快なリズムが、初めて人間の世界に飛び出したアリエルの開放感を感じさせますね。

難しいのは4拍子で3連音符を多用した構成です。吹替版の歌詞は音符に合わせると、1小節で3×4＝12の文字数が目安になります。ところがこの曲は、3連音符の部分に4つの音が感じられる部分もあり、それがこの曲の特徴であり、ラテン音楽らしいのですが、その分単調に聞こえてしまうリスクを伴います。「パート・オブ・ユア・ワールド」以上に細かいテンポの揺れを表現することが求められ、さらにそのテンポに合わせて書かれた英語の歌詞ではなく日本語版を歌いこなすには相当な歌唱力が求められる曲です。少し不安定に感じる3連音符の連続は、アリエルの陸への期待感と共に、一方で不安も交差している気持ちを表現したように感じます。