『リトル・マーメイド』吹替版音楽はこうやって作られた！レコーディング秘話や楽曲の魅力を徹底解剖

「キス・ザ・ガール」/ KISS THE GIRL

実はこの曲が一番、本来の原曲に近く、“安定”の仕上がりになったと思います。アニメーション版では音楽家という設定のセバスチャンが、指揮者としてアリエルとエリックのキスを導く役割。実写版でもその雰囲気を残しつつ、演じた木村さんがシーンを色っぽく、ムードを最高にまで高めていく役割を担っていただき、そこにアリエルの友だちである魚のフランダー(英語版声優：ジェイコブ・トレンブレイ)、そして陽気なカツオドリのスカットル(英語版声優：オークワフィナ)のでしゃばる感じがうまくハマりました。アニメーション版から歌詞の一節が変更になりましたが、そこも木村さんが優しさを込めて歌ってくれました。

この曲のシーンが劇中で最もロマンティックなのは間違いありません。曲調と映像の美しさが一体となり、劇中音楽でシーンが盛り上がるという映画ならではの効果が遺憾なく発揮されています。また、「アンダー・ザ・シー」とこの曲はコーラスも入っているので、日本語吹替版ではその点にも注目してもらえたらうれしいです。英語版のコーラスは比較的音量が小さめですが、吹替版ではコーラスの人たちにも、それぞれ海の生き物の気持ちになって歌唱してもらいました。「あなたはヒトデ」「あなたはアナゴ」という感じで(笑)。吹替えに慣れた人を集めたこともあり、コーラスの部分は英語版よりも少し強調しています。家族や仲間など周囲との関係がストーリーで重要になっているので、コーラスの演出にもその意味を込めています。

「スカットル・スクープ！！」/ THE SCUTTLEBUTT

作曲はアラン・メンケン氏ですが、リン＝マニュエル・ミランダ氏らしい、ラテンとヒップホップが絶妙にブレンドされた新曲です。同じリンの「何もかも初めて」で難しかった3連音符が、ここでは2～3倍くらいのスピードで言葉が繰り出されます。コメディの要素も強い曲なので、訳詞には自由さがあった一方で、スカットルは鳥なので、くちばしの動きが目立つため、しっかり言葉を入れていく必要もありました。そして、ラップ調なので楽譜の音符は「×」部分がほとんど。そのうえで、ある程度リズムに乗せ、音階も決めていきました。

それをすべて明瞭に表現したスカットル役の高乃麗さんの実力には驚くばかりです。セバスチャン役の木村昴さんも高乃さんのスカットルに対して「あなたよりはインテリだ！」と言わんばかりの気持ちで絡んでくれました。ミュージカルというのは、音と音の間や、曲が“揺れる”部分で感情が伝わります。単に正確に歌えばいいわけではない。この曲では役のリアクションをしながら歌ってもらいました。実力派声優のお2人なので「さすが！」と感じましたが、そんな経験豊富なお2人でも、最大の難曲のレコーディングのあとは、多大な集中力を使い続けているので、きっとヘトヘトになっていただろうと思います。実は歌ってないのに私もです(笑)。そうした現場のテンションで、日本のラップとしておもしろい個性が出ています。

『リトル・マーメイド』では実際に劇場で流れる音楽と、CDや配信のサウンドトラックにもわずかな“違い”があったりする。「パート・オブ・ユア・ワールド」の歌い出しの「Look at this stuff(よく見て)～」の部分は、映画ではセリフから自然に移る流れだが、サントラではメロディどおり。また、コーラスの部分でも、映像とサントラに微妙な違いがあるという。基本的には映画どおりの録音が使われているが、舞台裏のわずかな調整によって完璧なサントラが作られている。その意味をふまえて、映画を観たあとにサントラをじっくりと聴けば、『リトル・マーメイド』の音楽を心ゆくまで満喫できるはずだ。

取材・文/斉藤博昭