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世界でも稀な病気にかかった新聞記者が語る、自身の経験と映画化に込めた想い

インタビュー

世界でも稀な病気にかかった新聞記者が語る、自身の経験と映画化に込めた想い

「キック・アス」シリーズのクロエ・グレース・モレッツ主演映画『彼女が目覚めるその日まで』(12月16日公開)でスポットが当てられた病「抗NMDA受容体脳炎」。この病気の恐ろしいところは身体の機能だけでなく、人格さえも奪われてしまう点だ。

本作の原作であるノンフィクションの闘病記「脳に棲む魔物」(KADOKAWA刊)を手掛けたスザンナ・キャハランが来日。この病の217人目の患者となった彼女は、ある使命感を胸にペンを取ったそうだ。

実は、『エクソシスト』(73)の悪魔に取り憑かれた少女リーガンのモデルとなった少年も、この病の典型的な症例だったと指摘されている。突然、感情がコントロールできなくなり、幻覚や幻聴などに襲われ、次第に人間性が崩壊。昏睡状態を経て死に至ることもある恐ろしい病だ。

映画化が実現するきっかけとなったのは、オスカー女優のシャーリーズ・セロンがプロデューサーとして名乗りを上げたことだ。「直接のやりとりはメールだけだったけど、シャーリーズが『あなたの本に興味があります。すごく良かった』と連絡をしてくれたの。うれしかったのは、彼女が後日、雑誌のインタビューで『あなたのヒーローは誰ですか?』と質問された時、何人か名前を挙げた中に私の名前が入っていたことよ。それはすごく恐縮したし、びっくりするような体験だった」。

原作を託されたジェラルド・バレット監督は「この映画は命を救うことになる」という熱い思いでメガホンをとった。「バレット監督はこの病気について正確にちゃんと描かないといけないとおっしゃってくれたわ。脚本を書く上でナジャー先生(抗NMDA受容体脳炎の権威である医師)にも病理学的な部分を確認してくれて、誠意をもって闘病の過程を描こうとしてくれたの」。

クロエ・グレース・モレッツとはスカイプを通じて話し合ったり、病気についての資料や映像を提供したりして、コミュニケーションを図っていった。「彼女が精魂込めて役作りをしてくれたから、安心して託すことができたの。良い芝居をしようとするだけでなく、とにかく病状を正確に演じることにこだわりをもって臨んでくれたわ」。

スザンナはニューヨーク・ポスト紙で働く若手記者だったが、ある日突然病に襲われ、心身ともに追い込まれていく。彼女を支えた家族や恋人、友人たちの葛藤も涙ぐましいものがある。

「他の病気とは違い、人格が変わってしまうから、周りの人たちはとてつもなく怖い思いをしたと思うわ。端的に言って、両親、弟、夫の存在なくして今の私はなかったし、医師と同じくらい私の回復を支えてくれた」。

病を乗り越えてからは、ジャーナリストとしてこの病を世に知らしめようという使命感を感じたそうだ。「今振り返ってみて、この病気について運命的なものを感じていますか?」と質問したら、スザンナは「Yes!」と力強く頷いた。

「そのことは意識せずにはいられないの。私の前にこの病気だと認定されていた患者はたった216人しかいなかったでしょ。私は以前からジャーナリストとして、いつか自分で本を書くことが夢だったから、この病気にはなるべくしてなったのかもしれない。そして、私が書くことで、ちゃんとこの病気だという診断を受けられる人が増えればいいと思った。それはある種、宇宙が決めたことかもしれない。確率的にはおそらく低いであろういろんな偶然が重なりこうなったから、何か宿命のようなものを感じずにはいられないわ」。

病を克服したことで、人生が一変したというスザンナ。「あの病気になっていなければ、こうやって東京へ来ることもなかったし、いろんな人々との出会いもなかった。次の本も書き上げたところよ。より深い部分で言えば、人生観そのものが変わったの。今は目的意識や使命感をもって、自分の人生を生きるようになったし、自分の命を何かに役立てようという気持ちも生まれ、より意義深い人生になったと思うわ」。

スザンナは「闘病中、ずっと寄り添ってくれた家族には感謝してもしきれない」と言う。取材では、彼女の闘病を支えてきたご主人もそばで同席し、笑顔で写真撮影にも応じてくれた。

過酷な闘病を経たからこそ、命の重みや周りの人々の愛の深さを実感したというスザンナ。彼女が執筆した著書は患者だけでなく、多くの人々を勇気づけ、時には患者の命をも救ってきたと思う。今回映画化されたことで、さらにこの病気の認知度が高まり、救済の輪はもっと広がっていきそうだ。

取材・文/山崎 伸子

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