監督作すべてが三大映画祭を受賞、ロシアの俊英アンドレイ・ズビャギンツェフが語る“ハイパーリアリティ”とは?|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
監督作すべてが三大映画祭を受賞、ロシアの俊英アンドレイ・ズビャギンツェフが語る“ハイパーリアリティ”とは?

インタビュー

監督作すべてが三大映画祭を受賞、ロシアの俊英アンドレイ・ズビャギンツェフが語る“ハイパーリアリティ”とは?

第70回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、第90回アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされたロシア発のサスペンス映画『ラブレス』(4月7日公開)。ある日突然行方不明になってしまった息子を探す離婚寸前の夫婦を主人公にした、冷ややかでありながら重厚感のある物語を作りだしたのは、ロシアのみならず世界中が注目を寄せる俊英、アンドレイ・ズビャギンツェフ監督だ。

ズビャギンツェフは長編監督デビュー作となった『父、帰る』(03)で第60回ヴェネチア国際映画祭の最高賞にあたる金獅子賞を受賞し、つづく『ヴェラの祈り』(07)では主演を務めたコンスタンチン・ラヴロネンコに第60回カンヌ国際映画祭男優賞をもたらす。さらに『エレナの惑い』(11)では第64回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員特別賞、4作目の『裁かれるは善人のみ』(14)では第67回カンヌ国際映画祭脚本賞と第72回ゴールデン・グローブ賞を受賞するなど、発表した作品すべてが三大映画祭で受賞を果たし、世界的な評価を獲得している稀有な才能の持ち主なのだ。

彼の作品の持ち味はどこまでも現実的で、一見すると冷酷にも思えてしまうような視点を携えた演出にある。ズビャギンツェフは自身の演出技法を「ハイパーリアリティ」と形容する。「俳優たちが演技をしているように見せないことが、私の価値基準だ。観客が映画をスクリーン上のできごととしてではなく、その中に入り込んで“現実”だと思い込むことを目指している」と語った。

その背景には、演劇学校を卒業し舞台俳優として積みあげてきた彼自身のキャリアが影響している。「スタニスラフスキーは、俳優がなにかを演じようと試みているときにはOKはせず、その演技が俳優の真実の姿だと信じられたときに『信じる』と言ったそうだ」と、近代演劇の写実主義を築き上げたコンスタンチン・スタニスラフスキーの名前を挙げたズビャギンツェフ。「彼と同じように私はより完璧な形で、登場人物と演じる俳優の人生が同化することを求めているんだ」。

一例として彼は、劇中の死体置き場のシーンについて解説した。ワンカットで撮影された約4分にも及ぶそのシーンでは、2人の登場人物が死体を目撃するところが描かれる。「2人に言ったことは『シートを外すと死体を模写した人形があるからビックリすると思うよ』のひと言だけ。そしてスタッフ全員には『事前に2人が絶対にその人形を見ないように』と指示していた」と明かす。そして極めて凄惨な死体の模型を初めて見た2人の表情は、彼が求めていた“ハイパーリアリティ”そのもの。「1テイク目で、私は『信じる』と言ったよ」と微笑んだ。

影響を受けた映画監督を訊ねてみると、やはり写実主義の名手として知られるジョン・カサヴェテスの名前を挙げた。「彼は私が到達できないほどの高みにいる人だ。彼自身が自由であるから、役者たちも風のように自由になって映画に制限がなくなる」と、後世の監督たちに多大なる影響を残した天才への敬意を表明したズビャギンツェフ。

「私の映画はシナリオもセリフも動きもすべてハッキリしているから、カサヴェテスのようには撮れないんだ」と少し口惜しそうに語る彼の表情からは、多くの映画監督たちが目標としてきたカサヴェテス的な手法を完璧に会得しようという意気込みが伝わってきた。今後、彼はさらなる“ハイパーリアリティ”を追求し、三大映画祭をにぎわせていくにちがいない。

取材・文/久保田 和馬

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