大杉漣が、最後の主演映画かつ初プロデュース作『教誨師』で残したものとは?|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
大杉漣が、最後の主演映画かつ初プロデュース作『教誨師』で残したものとは?

コラム

大杉漣が、最後の主演映画かつ初プロデュース作『教誨師』で残したものとは?

大杉漣最後の主演作で初プロデュース作品となった『教誨師』
大杉漣最後の主演作で初プロデュース作品となった『教誨師』[c]「教誨師」members

2月に急逝した大杉蓮がエグゼクティブプロデューサー兼最後の主演を務めた映画『教誨師』が10月6日(土)より公開された。大杉が演じたのは、死刑囚たちと面会していく“教誨師”役。大杉が初めてプロデュースした本作は、図らずも生と死に真っ向から向き合った渾身の一作となり、そこに刻まれた俳優・大杉漣の熱いスピリットに、観る者は魂を揺さぶられる。

“教誨師”とは、刑務所や少年院の矯正施設で、被収容者の宗教上の希望に応じ、宗教の教誨活動(宗教行事、礼拝、面接、講話など)を行う民間の篤志による宗教家のこと。大杉演じる牧師・佐伯保は、年齢や境遇、性格も異なる6人の死刑囚と面談していく。

死刑囚たちは、無言を貫く者もいれば、饒舌なお調子者、虚言ばかりを吐く者、大量殺人を犯した不敵な若者など、それぞれ癖の強い人間ばかりだ。佐伯は彼らが安らかな死を迎えられるよう、親身に寄り添おうとするが、相手は頑なに心を閉ざしたり、時には罵倒したりと、受難の日々が続く。

メガホンをとったのは、『ランニング・オン・エンプティ』(09)の佐向大監督だが、これまで大杉と共に作ろうとした映画は何本も頓挫してきたそうだ。そんななか、大杉のマネージャーの父親が教誨師をしていたことがきっかけとなり、本作のプロジェクトが具体的に立ち上がり、ようやく制作に漕ぎ着けることができたのだとか。

大杉漣の盟友でもあった光石研も死刑囚役
大杉漣の盟友でもあった光石研も死刑囚役[c]「教誨師」members

死刑囚を演じた6人は、ベテラン俳優から舞台俳優、佐向組の常連俳優など、個性的な顔ぶれで、大杉との化学反応が見ものだ。ドラマ「バイプレイヤーズ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら~」の最後のロケにも同席していた、大杉の盟友とも言える光石研を筆頭に、『祈りの幕が下りる時』(18)の烏丸せつこ、『淵に立つ』(16)の古舘寛治、映画初出演となった劇団「柿喰う客」の玉置玲央、『万引き家族』(公開中)の個性派俳優・五頭岳夫、佐向組の自主映画では常連だが、普段は会社員をしているという小川登。

メインの舞台が面接室という非常にミニマルな空間だからこそ、大杉と彼らとの研ぎ澄まされた演技がくっきりと浮かび上がる。役へのアプローチ方法も、経歴もまったく異なる俳優6人が発する情熱を、大杉は全身全霊で受け止めていく。その真摯な姿と、人への向き合い方は、人間・大杉漣の生き様の縮図でもある気がした。

多くの俳優陣、スタッフたちに愛された大杉は、言うまでもなく常に多忙を極めていたが、ほぼ2人芝居なうえに膨大な台詞量だった本作では、共演陣とリハーサルを何度も繰り返したそうだ。佐向監督によると「納得がいかない箇所があれば、その都度変更を重ね、登場人物の関係性を作っていきました。その反面、現場ではライブ感を大切にし、感情の流れや緊張感が途切れないようにする。おかげでほぼ一発撮り、もしくはそれに近い形で進めることができました」とのこと。

【写真を見る】死刑囚を演じた、劇団・柿喰う客の玉置玲央は映画初出演の注目株!
【写真を見る】死刑囚を演じた、劇団・柿喰う客の玉置玲央は映画初出演の注目株![c]「教誨師」members

決しておごらず、常に分け隔てなく人と接してきた大杉の誠実な人柄についてのエピソードは枚挙に暇がない。『蜜のあわれ』(16)で共演した二階堂ふみはインタビューで「大杉さんは大先輩だけど、同じ俳優部として、同じラインに立たせてくださった」と心から大杉に感謝していた。この取材時、すでに俳優歴42年だった大杉自身も「自分のキャリアがどうこうではなく、スタッフ、キャストと共同作業をして、現場で闘える刺激感がたまらない」と、少年のような眼差しで言葉をかみしめていたのがいまも心に残っている。

大杉の遺作となる『恋のしずく』(10月20日公開)で共演した川栄李奈も、「自分のことよりも周りのことを気にかけてくれるところがすごく印象的でした。大杉さんとしても、役としても周りに一番気を配ってくれて、すごくうれしかった」と、大杉の懐の深さを語ったのも印象深い。

遺作は川栄李奈主演映画『恋のしずく』
遺作は川栄李奈主演映画『恋のしずく』[c]2018「恋のしずく」製作委員会

名優がよく口にするのは、“俳優という職業は、監督やプロデューサーに呼ばれなければ存在できない”という意味合いの言葉だ。すなわち俳優とは、基本“受動的”な存在で“能動的”な職業ではない。ただし、自ら作品をプロデュースすると、その立ち位置は後者に変わる。

先日、樹木希林が全身がんで亡くなったが、樹木の遺作は、自身が初めて企画をしたという実在の女性詐欺師をモデルにした『エリカ38』(19年春公開予定)と報じられた。大杉同様に樹木の訃報が入った時も、様々な映画人から愛されてきた名優の死に、多くの映画ファンがその死を悼んだ。

唯一無二な存在感を残した百戦錬磨の名優2人が、晩年になり、自分の手でどうしても残したいと心から思ったプロデュース作品を作り終えてからこの世を去ったことはなんとも感慨深い。

ぜひ、これまで数多くの作品で我々映画ファンの心を満たしてくれた大杉漣への感謝と追悼の気持ちを込めて、10月に公開される『教誨師』と遺作の『恋のしずく』の両作を観に、映画館へ足を運んでみてほしい。

文/山崎 伸子

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