皮膚感で感情が揺さぶられる!『ノルウェイの森』トラン監督が挑んだ美意識とは|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
皮膚感で感情が揺さぶられる!『ノルウェイの森』トラン監督が挑んだ美意識とは

インタビュー

皮膚感で感情が揺さぶられる!『ノルウェイの森』トラン監督が挑んだ美意識とは

累計発行部数1079万部(単行本・文庫本合計)を突破し、今なお日本のみならず世界で読み継がれている村上春樹の小説『ノルウェイの森』。映像化困難という言葉がこれほど的を射ている作品も珍しい昨今。発行から23年経った今年、事件は起こったのである。監督は、世界の映画祭で常に高い評価を勝ち得ている『青いパパイヤの香り』(94)、『夏至』(01)のトラン・アン・ユン。この奇跡の映像化に挑んだ彼の独特な美意識をうかがってみた。

小説が発行された1987年当時、装丁の上巻が赤、下巻が緑色ということで、クリスマスプレゼントの定番でもあった。過去にとらわれ、精神を病む女性とそんな女性を見守ると決意した青年の哀しく美しい恋物語。16年前、小説に出会ったトラン監督は、「自分の中に宿った衝撃は今も全く変わらない」と語る想いがあったからこそ、映画化への道が開けたのだろう。

先に映像化が困難な作品と書いたが、その理由の1つには原作者の村上春樹の存在がある。結果的に、映画化許諾が得られたわけだが、それ以上に村上はトラン監督に作品そのものを委ねていたのだ。

「日本で撮影することは義務ではなかったんです。村上さんご自身も日本にこだわらずに撮って構わないと仰ってくれた。けれど私がこの物語から感じたのは日本の魅力であり、日本での出来事であったからなんです。だから日本で、日本人の顔を使って撮りたいと思いました」。物語全編にわたって日本を見出した、と語るトラン監督の顔は、日本文化に憧憬する少年そのものだ。

原作の詩情感たっぷりのセリフ、美しすぎる背景描写を映像化することは、誰もが臆するだろうことは想像に難くない。だがトラン監督自身、叙情性あふれる美しい映像を得意とする。キャストたちも「監督の美意識に刺激を受けた」と語るとおり、トラン監督の美意識は半端ではない。

「重要なのは皮膚感がどのように映し出されるのかということ。例えば、登場人物の皮膚のつやのために、洋服の色が考えられ、必要な光の色も決定づけられていくんです。皮膚をどういう風に映すかということで、観客はどういう感情を持つかということが私にとって一番大事なことです」。皮膚のつやで感情を持つ世界観!? 確かにこれこそ村上文学の空気感と似ているのかもしれない。

そんなトラン監督が選んだ主人公、松山ケンイチと菊地凛子。ヴェネチア映画祭でも彼らの演技力への評価は掛け値なしに高かった。

「松山ケンイチは、すごく柔らかい、しなやかな俳優さん。しなやかだからこそ、ワタナベのような内面化した役を演じることができたんだと思います。彼はこの作品の中で自分の身を任せながら相手が要求するものを表現していく。それ以上のことをしないというのは素晴らしかった」。

菊地は直子という役を得るために、自らオーディションを希望した、いわば直子とは対極の、動の人である。ヴェネチア映画祭のディレクターも菊地の素を見て「全然、直子と違う」と驚いていたと明かす。

「洗練されているけれども、シンプルで全てが浄化されている感じ」と、日本のイメージを語ってくれたトラン監督。美しい風景描写の中で、鬱積された哀しみをダイナミックにエロティカルに、そして繊細に紡いだトラン監督の美意識は、日本人の奥底にある喪失感、そしてノスタルジックそのものかもしれない。そんな監督の美意識にすっぽりとはまれる今年の冬は、最高に幸せで、荘厳な気持ちに浸れることだろう。【取材・文/筧みゆき】

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