上映時間“7時間18分”!究極の長尺映画『サタンタンゴ』の“異次元”な魅力とは?|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
上映時間“7時間18分”!究極の長尺映画『サタンタンゴ』の“異次元”な魅力とは?

コラム

上映時間“7時間18分”!究極の長尺映画『サタンタンゴ』の“異次元”な魅力とは?

私たちがある映画について語る時、多くの場合、その中心となるトピックはストーリーのおもしろさや主演俳優の魅力などだろう。ところが作品の“中身”や“顔”を差し置いて、必ず真っ先に“長さ”が話題にのぼる映画が存在する。日本初公開となった1994年のハンガリー=ドイツ=スイス合作映画『サタンタンゴ』(公開中)がまさにそうだ。本編の長さたるや、何と7時間18分!はたして、どのような映画なのだろうか。

【写真を見る】7時間18分という長尺ながらカット数はまさかの約“150”!驚異の長回しが観る者を異次元へいざなう
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『ベン・ハー』から『アベンジャーズ』まで!長尺映画の長すぎる歴史

『サタンタンゴ』の“中身”に触れる前に、過去のとてつもなく長い映画を少し振り返ってみよう。ここではドキュメンタリーは割愛するが、極端に長い劇映画には主に2つのタイプがある。まず往年のハリウッド歴史劇『ベン・ハー』(1959年/3時間32分)、『クレオパトラ』(1963年/3時間12分)、イタリア映画『1900年』(1976年/5時間16分)、『ジョルダーニ家の人々』(2010年/6時間39分)のように、大河ドラマゆえにボリュームがふくらんだパターン。スーパーヒーロー映画シリーズの集大成『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年/3時間1分)も、詰め込むべきエピソードや見せ場が膨大な“ボリューム型”に分類できるだろう。

経済的に行き詰ったハンガリーのある村に死んだはずの男が帰ってきた!
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もう一つのタイプは、映画監督の作家性と呼ばれる強烈な個性が前面に押し出された作品だ。近年では、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(2015年/5時間17分)、フィリピンのラヴ・ディアス監督による『立ち去った女』(2016年/3時間48分)がその一例である。これらの“作家型”の長尺映画は、映画館で一日あたり何回上映できるかといった商業的制約から解き放たれたアーティスティックなインディペンデント映画であり、実験的な試みも含めた作り手の演出上のポリシーが妥協なく貫かれた結果の長さと言える。より具体的に言うと“作家型”の長尺映画は長回しショットを多用し、観る者に独特の時間や空間の感覚をもたらす。そのため“体感型”と呼んでもいい。

“男”は救世主なのか、それとも…
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独自の存在感を放つ!究極の“体感型”長尺映画『サタンタンゴ』

ハンガリーの鬼才タル・ベーラが放った『サタンタンゴ』は、まさしく孤高のアート映画であり、究極の“体感型”長尺映画だ。通常の娯楽映画、例えば2時間前後のハリウッド映画は1000以上のカットで成り立っており、動きの激しいアクション大作なら3000カットを超すものもある。ところが『サタンタンゴ』はそれらの3倍以上の長さなのに、総カット数はわずか約150。いかに“普通じゃない”時間感覚が流れゆく映画であるかを端的に示す数字と言えよう。ハンガリーの貧しい農村を舞台にしたこのモノクロ映画は、牧場の牛の群れを捉えたショットで幕を開けるが、牛たちがのっそり移動する様を切れ目なく撮り続けたそのオープニングショットは約7分もある。

ジム・ジャームッシュやガス・ヴァン・サントといった名匠も『サタンタンゴ』を絶賛!
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希望なき日常を送る村人たちがインチキ詐欺師によって翻弄されていくという物語はあるものの、正直なところ理解するのは容易でないし、話の背景となるハンガリーのお国事情もよくわからない。しかし、この映画の凄いところは、ストーリーやキャラクターの伝え方がシュールすぎて不親切な半面、かつて観たことのない憂鬱で異様な光景、さらには息をのむほど美しく神秘的な瞬間の映像化を成し遂げ、それ自体を映画ならではの比類なきスペクタクルや詩情に結実させていることだ。テーマについて考えるとか、登場人物に共感するといった通常の映画体験とはまったく違う“異次元”へと観る者を誘う作品なのだ。

『ニーチェの馬』(11)の鬼才タル・ベーラが4年の歳月をかけて完成させた『サタンタンゴ』
『ニーチェの馬』(11)の鬼才タル・ベーラが4年の歳月をかけて完成させた『サタンタンゴ』

当然ながら万人向けではないし、アート映画好きの人にとっても一日の約1/3を丸々費やすことになる本作の型破りな長さには腰が引けるだろう。しかし“悪魔のタンゴ”という題名からして怪しげなこの映画には、製作から25年経っても色褪せない魔力にも似た特別な魅惑が宿っている。雨、風、霧といった自然現象から牛、猫、フクロウなどの動物たち、そして不穏な世界をあてどなくさまよう人間たちまで、すべてが胸をざわめかせる伝説的な長尺映画に、ぜひとも身を委ねてほしい。

文/高橋諭治

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