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宇野維正が『アイリッシュマン』を徹底解説!スコセッシ&デ・ニーロが映画人生を注ぎ込んだ集大成

コラム

宇野維正が『アイリッシュマン』を徹底解説!スコセッシ&デ・ニーロが映画人生を注ぎ込んだ集大成

カイテルの登場には、オールドファンも歓喜間違いなし
カイテルの登場には、オールドファンも歓喜間違いなしNetflix映画『アイリッシュマン』独占配信中

ペシの帰還に加えて、『アイリッシュマン』で昔からのスコセッシ・ファンを歓喜させたのはハーヴェイ・カイテルの登場だ。フィラデルフィア・マフィアの伝説的なボス、アンジェロ・ブルーノを演じたカイテルは本作での登場シーンこそ限られてはいるが、初期スコセッシ作品において最も重要な役者だった。最初期のカイテル、黄金時代を共に築いたデ・ニーロ、そして2002年の『ギャング・オブ・ニューヨーク』以降はレオナルド・ディカプリオ。そのフィルモグラフィーの大部分において、スコセッシは自らの分身とも言える特定の役者と集中的に作品を作ってきたが、それは必然的に同時代の他の名優と仕事をする機会を逸することでもあった。『アイリッシュマン』でスコセッシ作品に初めて参加したアル・パチーノは、まさにその筆頭に挙げられる存在だろう。

デ・ニーロとは『ボーダー』以来の共演となるパチーノ
デ・ニーロとは『ボーダー』以来の共演となるパチーノNetflix映画『アイリッシュマン』独占配信中

スコセッシやデ・ニーロよりも少し年上で、同じニューヨーク出身のパチーノ。ご存知のようにデ・ニーロとパチーノは、スコセッシの盟友でもあるフランシス・フォード・コッポラ監督『ゴッドファーザー PART II』(74)で時空を超えた「親子」を演じて以来、『ヒート』(95)、『ボーダー』(08)とキャリアの要所要所での共演もあった、70年代以降長らくハリウッド映画を象徴してきた二枚看板だ。特にマイケル・マン監督による『ヒート』は、『ダークナイト』(08)をはじめとする2000年代以降のハリウッド映画においても参照され続けている傑作だが、デ・ニーロとしては、役者としてのキャリアの終盤に、もう一度パチーノと決定的な共演作を残しておきたかったのかもしれない。

スコセッシやキャスト陣のインタビューでも明かされているように、『アイリッシュマン』の企画をスコセッシに持ち込んだのはデ・ニーロ本人だった。過去にもデ・ニーロは、その当時エンターテインメント作品から遠ざかろうとしていたスコセッシに再三アプローチをして、『キング・オブ・コメディ』を撮らせたことがある。スコセッシとデ・ニーロは、通常の映画監督と主演俳優の関係ではなく、ただの友情関係も超えて、お互いのキャリアを左右し合ってきた運命共同体にして、長きにわたる人生の並走者でもあるのだ。

『アイリッシュマン』は、単なる「豪華キャスト共演の大作」ではないと指摘する
『アイリッシュマン』は、単なる「豪華キャスト共演の大作」ではないと指摘するNetflix映画『アイリッシュマン』独占配信中

そのことをふまえると、『アイリッシュマン』は単に「豪華キャスト陣の奇跡の共演が実現した大作」であるだけではなく、スコセッシとデ・ニーロがその長い映画人生をすべて注ぎ込んだ、もしかしたら最後の共同作業にして、2人にとっての集大成であることがわかる。Netflixで『アイリッシュマン』と同時に配信されている『監督・出演陣が語るアイリッシュマン』の中で、スコセッシは「最初から古株を集めるつもりではなかった」と発言しているが、本作にデ・ニーロ、ペシ、パチーノ(さらにはカイテルまで)が集まったのは、もちろん偶然のことではないだろう。

最新のテクノロジーを駆使して同じ役者が登場キャクターの半生を演じていることも話題の『アイリッシュマン』だが、実はCGが施されているのはデ・ニーロ、ペシ、パチーノの3人だけ。一方で、それ以外の主要キャラクターは最初の登場シーンに「死因」と「死んだ年」がクレジットされるという、物語のサスペンスやスリルをあえて抑制するような異例の演出手法がとられている。それはまるで、『アイリッシュマン』の本当の「物語」は作品の外側、つまりスコセッシの、デ・ニーロの、ペシの、パチーノのこれまでの映画人生そのものにあることを暗示しているかのようでもある。

スコセッシの新たな代表作が誕生した
スコセッシの新たな代表作が誕生したNetflix映画『アイリッシュマン』独占配信中

スコセッシにとって長年の盟友であるデ・ニーロとペシ。そのデ・ニーロとペシは親友同士であり、作中でも彼らの演じるキャラクターの友情関係が物語の鍵となっている。デ・ニーロとパチーノは友人であると同時に長年映画界においてはライバル関係にもあったわけだが、その緊張感は作中にも反映されている。本作で初めて邂逅を果たしたスコセッシとパチーノだが、それは互いの残された映画人生における大きな悔いが解消されたことを意味するのだろう。そのように作品の外側に広がっている数々の「物語」に思いを馳せると、『アイリッシュマン』はより一層味わい深い作品となる。

文/宇野 維正

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