『チキンとプラム』母国への帰国が叶わないイラン出身の監督と女優が胸の内を明かす|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
『チキンとプラム』母国への帰国が叶わないイラン出身の監督と女優が胸の内を明かす

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『チキンとプラム』母国への帰国が叶わないイラン出身の監督と女優が胸の内を明かす

14歳で故国イランを離れ、ヨーロッパで波乱の青春を送ったマルジャン・サトラピが自身のコミックを実写映画化した『チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢』(11月10日公開)。本作の舞台であり、母国でもあるイランに戻れないサトラピ監督とヒロインのイラン女優ゴルシフテ・ファラハニが、叶わない恋の物語の裏に隠された、母国イランへの叶わない思いを明かした。

大切なバイオリンを壊され、8日後に死ぬことにした天才音楽家ナセル・アリ(マチュー・アマルリック)の胸を引き裂くのは叶わなかった恋だった。主人公ナセル・アリにとっての忘れられない恋、そして天才音楽家の聴く者誰もが涙するという美しい音色を作り出した源となったのが、結ばれなかった恋人イラーヌだ。実はこのイラーヌを演じるイラン・テヘラン生まれのゴルシフテ・ファラハニは、2008年にリドリー・スコット監督作『ワールド・オブ・ライズ』でレオナルド・ディカプリオの恋人役で出演するなど、女優として活躍の場を広げていた最中、フランスの雑誌にヌード写真を掲載したとして、イラン政府当局より本国への帰国を禁止されてしまった。そんなファラハニが演じる恋人イラーヌというのは、実はイランのことを表しているという。

サトラピは「イランでは、イランのことをイラーヌと言います。もちろん、そこに象徴的な意味が込められているし、主人公ナセル・アリがしていること、インスピレーションの源がそこにある、という意味があります。すなわち、故郷を去った私が、インスピレーションをイランに求めているということ。そのことを暗示したかったけれども、婉曲的に表現したかった。わかる人もいるかもしれないけれど、その秘められた意味を感じない人もいるかもしれない。でもそれはそれで美しい恋の話として受け止めてもらえれば良いと思いました」と語る。

同じく、サトラピ監督もイラン出身でありながら、最後にイランを出てから13年、政治的な状況が悪化してイランに戻れなくなっているという。「イランに残っていれば、検閲を受けながら、多くの映画監督がそうしているように、どうやって物事を比喩的に語り、その検閲をパスして映画を作るかということをしなくてはいけません。ですが、私はヨーロッパで教育を受け、若い時にヨーロッパ的な考え方を学んだせいでイランに残ることを選びませんでした。私がイランに帰って、いつも自分が語っていることの10分の1でも語れば、投獄されてしまうでしょう。他の人がみんな投獄されているなかで、自分が投獄されないわけがない。漫画を書いた時点で、もう戻って来ない方が良いと言われました。それでもう13年です」と、母国イランへ戻れない現状を語る。もし、イランに戻れば、2、3年投獄される、鞭で打たれてその後に釈放されるなど、どんなことが起こるのかわからないという。実際に、過去に描いてきた漫画は重要視されなかったが、映画が封切られてからは、不合理な脅迫や非難をたくさん受けてきたというサトラピ。バンコクの映画祭で『ペルセポリス』(07)を上映しないようお金を渡されたり、レバノンでは映画の上映を禁止しようとされたり、トルコでは上映を拒否、アブダビでは受賞を阻止され、いつでもそこには圧力があったことを語っている。

「イランの人々には自由がありません。心が痛くなることばかり。イランに経済制裁が行われているけれど、実際に一番苦しんでいるのは人々なのです。でも、このことは世界のどこの国の悲劇でも同じなのですよ。日本には津波が来ました。同じ人間として、それがイラン人でも、日本人でも、コンゴ人でも、心が痛むのです。現実というのはこういうものなのです。ニューヨークの国連で、ある詩人がこんなことを言いました。『世界というのは、一人の人間にたとえられる。手や足を怪我したら、体全体でその痛みを感じる。その痛みを感じない人がいたとすれば、それは人間ではない』と。自分の国のことだけ優先して考えるなんて、そんなことはあり得ないのです。先程の言葉はサーディという10世紀の詩人の言葉です。そういう意味でも、映画を作っていかなくてはいけないと思っています」と、今後も漫画や映画の製作に情熱を燃やす。

戻りたくても戻れないイランに対する思いを持ち続けながらも、自由に自分の気持ちや経験を表現できる漫画や映画を作り続けるマルジャン・サトラピには、これからも大いに期待したい。ハリウッド進出作であり、彼女の最新作『The Voices』は2013年から撮影が開始される。世界の大女優やフランスカルチャー、世界の映画産業からも愛され、信頼を寄せられるアーティスト、マルジャン・サトラピの切なく哀しい愛の物語を是非劇場で見つめてもらいたい。【Movie Walker】

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