鬼才キム・ギドク、性描写の葛藤を告白|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
鬼才キム・ギドク、性描写の葛藤を告白

インタビュー

鬼才キム・ギドク、性描写の葛藤を告白

第69回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作『嘆きのピエタ』(12)ですさまじい母と子の物語を打ち出したキム・ギドク監督。続く『メビウス』(12月6日公開)では、親子の愛憎劇を背景に、性と欲望について挑戦的に斬り込む。なんと嫉妬に狂った母親が、息子の性器を切ってしまうのだ!韓国では上映制限がされ、日本でもR18指定となった問題作を掲げ、来日したキム・ギドク監督にインタビュー!

父親の浮気が招いた、壮絶な悲劇。性器を失い、打ちひしがれた息子と、苦悩する父親。なんとも目を背けたくなる惨状である。父親役に『鰐 ワニ』(96)や『悪い男』(01)などキム・ギドク組に何度も参加してきたチョ・ジェヒョン、息子役に新星ソ・ヨンジュ。興味深いのは、『さよなら歌舞伎町』(2015年1月24日公開)も待機中のイ・ウヌが、愛人と妻役の一人二役にトライしている点だ。実は、このキャスティングには、驚くべき裏事情があった。

「元々母親役を演じていた女優さんが、個人的な問題によって降板してしまったんです。それで、撮影を中断しなければいけない事態に陥り、思い悩んだ挙句、イ・ウヌさんに一人二役の件を相談してみたんです。そしたら彼女が『やってみましょう』と言ってくれて。メイクも全部変えて、トライしてもらいました。幸い、映画的にも斬新な挑戦になりましたし、むしろ良い意味をもたらすことができたと思っています」。

実際に、狂気に走る強烈や母親と、優しい印象の愛人を見事に演じ分けたイ・ウヌ。「彼女の演技力がなかったら成立していなかったでしょうね。また、僕がもし監督としてしか本作に関わってなかったら、一人二役は考えなかったかもしれません。『メビウス』では、監督兼プロデューサーでもあったので、自分で製作費をやりくりできたのも良かったです」と、おちゃめに笑うキム・ギドク監督。

過激な内容から、上映制限を受けた理由については、韓国の儒教思想が大きく影響したと語る。「道徳的に、近親相姦という行為は、かなり厳格に禁じられていて、人間がしてはいけない行為として認識されているんです。それは、青少年の感性を保護するための基準であり、私もそれには同意しているんです。ただ、私が『メビウス』で描いたのは夢のなかのシーンで、息子がお母さんとそういうことになるのを想像したという設定で、現実に描いてないから大丈夫かなと思っていたんです。でも、やはり審査する人たちは、たとえ夢のなかのシーンでもダメだということで。特に、青少年の保護者の団体からかなり反対がありました」。

息子役のソ・ヨンジュは撮影当時15歳。彼の精神的なケアについても気になるところだ。「それも検閲と関連しています。そういうシーンを撮ってはいけないと言われた理由は、ソ・ヨンジュさんの年齢が若かったら、精神的なショックを与えてはいけないという配慮があったためです。私もその点はすごく心配しました。実際、彼が演じた息子がマスターベーションをするのをイ・ウヌさん演じる母が手伝うというシーンでは、撮っている私も悲しみを感じました。お二人も撮影が辛かったようで、抱き合って泣いていたんです。もちろん、どのシーンを撮る時も、必ず『大丈夫?』と確認していたけど、もしかしたら実はトラウマになってしまったかもしれないし、それはわからないです。こんな若い子にこういうことをさせて良かったのだろうかという思いはずっと心のなかにあり、いまでも自分にとってひとつの宿題となっています」。

でも、そんな思いまでして、キム・ギドク監督が衝撃的な映画を作り続ける原動力とは一体何なのだろうか?と、聞くと「私が人間として生きていくなかで、理解できないものを映画で撮りたいと思うからです」と答えてくれた。

「今世界でいろんな理不尽なことがたくさん起きています。マレーシア航空が追撃されたことや、船が沈没し、たくさんの人たちの命が救えなかったこと、イスラムの団体が人々を苦しめているといった、世の中における矛盾。なぜ世界でそういうことが起きてしまうのかってことをよく考えてみたいんです。私は、人間が限界まできている怖い状況があると思っています。人間は、人間を生贄にして生きてきたのではないかということを映画のなかで語ってみたい。耐え難いこと、自らの欲望、社会的政治的な状況、普遍的な人間の語り尽くせない悲しみを、映画のなかで問いかけたいのです」。

どんなに斬新で暴力的な作品でも、キム・ギドク監督作には常に静謐な怒りと悲しみが宿っていて、同時に社会に対して警鐘も鳴らしている。『メビウス』も同様で、見終わった後の着地点は、予想外にヒューマンなものだ。キム・ギドクからの強いメッセージをしかと受け取ってほしい。【取材・文/山崎伸子】

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