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【第53回NY映画祭】新たな視点で描かれた、衝撃のホロコースト映画とは?

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【第53回NY映画祭】新たな視点で描かれた、衝撃のホロコースト映画とは?

第68回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『Son of Saul(英題)』が第53回ニューヨーク映画祭で上映され、ハンガリー人のラズロ・ネメス監督と、同作で映画初出演にして主役に選ばれたゲザ・レーリヒが記者会見に応じた。

カンヌでグランプリに輝いた『Son of Saul(英題)』のラズロ・ネメス監督と、主演のゲザ・レーリヒ
カンヌでグランプリに輝いた『Son of Saul(英題)』のラズロ・ネメス監督と、主演のゲザ・レーリヒ[c]JUNKO

弱冠38歳のネメス監督は、カンヌの若手映画監督の登竜門と言われるシネフォンダシオン出身。『ニーチェの馬』(11)などで知られるハンガリーの巨匠タル・ベーラの助監督を務めてきた実績と実力の持ち主だ。しかし、題材の難しさと、監督としての知名度の低さゆえに資金繰りは難航を極めたという。最終的に手を差し伸べたのはハンガリーの国による映画基金だったが、みごと長編初監督作にして、カンヌの新人監督賞(カメラ・ドール)を飛ばして、いきなりグランプリを獲得した。

【写真を見る】『Son of Saul(英題)』は2016年に日本公開が予定されている
【写真を見る】『Son of Saul(英題)』は2016年に日本公開が予定されているPhoto by Laszlo Nemes, Courtesy of Sony Pictures Classics

同作は、ナチスのホロコースト時代、1944年のアウシュビッツの強制収容所が舞台だ。しかし、他のユダヤ人とは隔離され、ナチス党員によるユダヤ人の大量殺戮を補助する役目を与えられているユダヤ人の囚人男性グループ(コマンド)の一員であるハンガリー人サウルに焦点を当てて描くという、これまでのホロコースト映画とは一線を画す、新しいアプローチで描かれている。

脚本も手がけたネメス監督は本作を製作した経緯について、「僕の母親の祖父母が連れ去られてガス室で殺された話を、子供のころを聞かされていた。とても怖かった。自分の家族のことだったし、ある種とりつかれていたんだ。約10年前に、実際の経験者が書いたコマンドの手稿を読んで、強制収容所は、これまでの組織化されたイメージとは違ってある種の混沌と組織化が入り混じっている場所だということを知った。とても強いインパクトがあった。アウシュビッツ収容所で、コマンドが武器を手に脱出を図ったのは1944年の1度だけだったが、あまり知られていない事実として描きたいと思った」

ハンガリー人監督のラズロ・ネメス
ハンガリー人監督のラズロ・ネメス[c]JUNKO

「これまでにも数多くのホロコースト映画が製作されてきたが、ホロコースト全体の歴史ドラマを描いた映画を作りたいとは思わなかったし、ドキュメンタリー映画を作りたいわけでもなかった。でも限りなくドキュメンタリーに近い、できるだけ真実に迫ったシンプルなものしたかった。このいまいましい出来事を、今までにない描き方にするためには、強制収容所の恐ろしさや惨事といったバックグラウンドはあえて細かく描かずに、収容所における主人公のサウルの視点にフォーカスしようと考えた。それによって、より観客の想像力をかきたてることができると考えた」

「コマンドたちは、毎日機械の一部として、何がそこで起きているのか、いつ死ぬのかもわからないまま、暮らしている。様々な国から来た人間が別の言語を話すため、コミュニケーションの手段も少ない。機械の一部に過ぎないのだから、名前を知る必要もない。殺戮マシーンの一部として働いており、個人で生きることは難しい。それを表現するために、音楽はミニマルに控え、機械のようなサウンドを使うなど音響にもこだわった。どんな音楽にするのか、5か月間かけて考え製作した。カメラワークも、1~3分のロングテイクで撮影した。また、ある種生々しさが必要なので、リアリティを出すためにカラーにした。色はとても大事な要素だから」と語ってくれた。

アメリカでの学校教育でも、ユダヤ人がユダヤ人殺戮に手を貸したという事実は学ばないため、多くのジャーナリストたちが衝撃を受けたようだが、サウルを演じたレーリヒは、「彼らは生きる残るために、仲間を殺戮するナチス党員を助ける仕事に従事していた。しかし、いずれは自分たちも殺される立場にあることを知っている。ここで気が狂わずに暮らしていく方法は、人間であることを放棄し、感情を葬り去ることだ。とても限られた空間の中で、限られた動きや方法で演じなければならないことは、とてもチャレンジングだった」

フィクションライターで詩人でありながら主役に選ばれたゲザ・レーリヒ
フィクションライターで詩人でありながら主役に選ばれたゲザ・レーリヒ[c]JUNKO

「彼らは、まるで機械のように感情を押し殺して、任務を果たさなければならない。あるのは、『ここからなんとか脱出しよう』という思いだけ。身体は生きていても、魂は死んでいるも同然だ。そんな中で、ガス室で完全に息を引き取らなかった、自分の息子だと信じている少年がいることを知ったサウルが、少年が解剖されずに、そしてユダヤ教指導者を見つけて少年を安らかに死なせてあげたいと必死になった。それが、彼にとっての生きる目的になったからだ。そういう意味では、彼は幸せだったのだと思う。そんな中で、一緒に食事をし、共同作業をしている彼らの間に、ある種の関係や感情が生まれてくるのは、ある意味必然なのかもしれない」と熱弁をふるった。

監督の説明通り、これまでにない視点からホロコーストの現実をあぶりだした同作の評価は高く、カンヌではパルム・ドールを逃したもものの、アカデミー賞外国語映画賞の最有力候補として期待されている。【取材・文・NY在住/JUNKO】

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