フリオ・アレマン
Mario
日本公開される初めてのペルー映画。首都リマの文明を逃れてジャングルの開拓者となった家族の大自然に対して黙々と戦う生活を鋭い感覚で描いた作品。製作・監督・脚本はアルマンド・ロブレス・ゴドイ、撮影はマリオ・ロブレス・ゴドイ、音楽はエンリック・ピニラ・編集はアティリオ・リナルディが担当している。出演はフリオ・アレマン、サンドラ・リバ、そしてラウル・マルチン坊やなど。
密林の豪雨は、萱ぶき屋根に白飛沫を浴げ、夜になっても止む気配がない。明日の山焼きの仕事が出来なくなったと落胆したマリオ(J・アレマン)がベットで煙草をふかしていると、妻のデルバ(S・リバ)が素肌をそっと寄せてきた。電気すらない未開のジャングルでの開拓者のセックスは、都会のそれとは違って激しさとやさしさが不思議にまじっていた。来年には学校にやらなければならない息子ロムロ(R・マルチン)はもう寝ている。彼等は荒れはてたジャングルの、開拓者一家なのである。次ぬ日、雨が上がり暑い太陽がカッと照りつけていた。コーヒー畑を見廻わりに出たマリオは若樹が何者かによって無残に折られているのを見つけた。犯人は首都からやってきた測量隊だった。苦労して作った畑である。「ここは俺の土地だ、出て行け」。「土地改革があるんだ」測量隊は悠然と仕事を続けている。マリオが銃を持ち出してブッぱなすと、測量隊は逃げていった。が、マリオの心配は去らなかった。もともと、マリオは首都リマで働くセールスマンで、デルバと結婚し、新生活を考えるにあたって、人口過密な都会を離れ、開拓者として生きようと決心し、複雑で非能率な、お役所の手続を経た末、やっと土地所有の公書番を手にしたのであったのだ。ことの真相を確かめる為マリオは町へ行こうと思った。丁度、大統領が視察めため山奥の町へやってくるというニュースを繰り返しラジオで報じていた。「僕の水車が壊れている」ロムロが泣きべそ顔で帰って来た。鉄の輪に空カンをつけた簡単なもので、昨夜の豪雨で壊れたらしい。一人ぼっちの男の子の大事な遊び道具である。マリオは修理してから出発した。ロムロは修理してもらった水車に屋根裏で見つけたワイングラスを吊るし、空カンにつけた釘とぶっかるように工夫した。すると、チィーン、チィーンと澄んだ音がせせらぎとともに響き、素晴しいものにたったのだ。ところがその直後、ロムロが密林の毒蛇に噛まれてしまう。デルバは応急手当をして息子を抱きかかえ密林を走った。血清注射が必要なのだ。トラックをつかまえ町へ着いた時、夫のマリオと会った。大統領視察のため交通ストップでマリオは立往生していたのだ。やっとの思いで病院へ駆け込むと、血清を保管する金庫の鍵を持ったまま、院長が大統領歓迎集会に出かけていた。またしてもいまいましい大統領視察のお陰である。混乱する集会から院長を連れ帰った時は、もう手遅れだった。若い夫婦がロムロの死体をカヌーに乗せ、流れを下っていくと、いつの間にか、幼ない死者のあることを聞いた子供達がカヌーをあやつって棺を運ぶ舟のまわりに集まって来た。カヌーの数は次第に増え、しめやかな葬列を形成していった。ジャングルの家はガランとしていて悲しみに満ちていた。ロムロの水車が澄んだ音色をたたえている。マリオの眼に涙が浮かび、水車を足で踏みつけた。ささやかだが、せいいっぱいの努力。なぜ、こんな辛い報酬となるのか。汗と肉体労働で築いた生活はマリオにとって至上のものだった。しかし、ロムロの水車も同じものなのだ。マリオのそれと同じく何物にも代えがたいものだったのだ。マリオは水車を丁寧に元通りにした。残された二人だけでも、生きていかねばならなかった。
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