フロリンダ・ボルカン
She
水底に消える悲劇の都ヴェニスを舞台に、結婚、別離、再会、死そして男と女の悲哀を一日の出来事として描いた作品。監督は「ローマで夜だった」「続黄金の七人 レインボー作戦」のエンリコ・マリア・サレルノ監督第一作である。脚本はエンリコ・マリア・サレルノとジュゼッペ・ベルト、撮影はマルチェロ・ファルテ、音楽はステルヴィオ・チプリアーニとジョルジョ・ガスリーニが各々担当。
水の都ヴェニス。彼(トニー・ムサンテ)は別居中の彼女(フロリンダ・ボルカン)を駅に迎えた。彼は彼女をつれてヴェニスの街を歩く。二人の胸にはあの輝くような青春の日々が蘇える。学生時代に知り合い、激しい恋に燃えそして結婚した二人……。しかし才能豊かなオーボエ奏者として将来はオーケストラの指揮者を目指す彼にとって、結婚生活は大きな障害となり、幸福なはずの毎日はいつしか、ののしり合う日々に変り、二年後にはついに別居しまったのだ。そして歳月を経た今日、二人は再会した。どうしようもなく糸のもつれあった二人の感情は、お互いを鋭く突き刺すような言葉を生み、そして深く傷つくのだった。「あなたなんか、死ねばよかったのよ!!」その言葉に「死ぬだろう……もう死しかない」と答えた彼は、もうすでに命が短いことを医者から宣告されていたのだ。真実を知って、一瞬張りつめていたものが、音をたてて崩れてゆくのを感じた彼女は今はっきりと彼を愛していることを知ったのだった。いつか二人はベッドに居た。彼がなぜ彼女を呼び寄せたのか、その動機をようやく解りかけた時、彼女は決して取り戻しのつかない愛の姿を思い知った。「僕の心に死に対する勇気が出て来た。そして最後の録音ができる勇気もでてきた。君を恋し、愛しあえる心のゆとりも生まれた……ありがとう」と言い残して、彼は最後の録音になるであろう、オーボエのための“マルチェッロ第2楽章〈ヴェニス無題曲〉”を演奏するために古い教会のスタジオに向かった。永遠の別離に泣く彼女に、最後の口づけをする彼。彼女の頬に一筋の涙が糸を引く。涙を抑え、振り切りようのない未練を振り切って消えて行く彼女、その後姿を彼は瞳の中にしっかりとしまい込んだ。残酷な愛の仕打ちに、放心したような女はひとり、ヴェニスの闇に消えて行った。
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