マリア・ヤコビニ
Giovanna Landi
脚色家ルチアーノ・ドリア氏、監督者ジェンナロ・リゲリ氏、マリア・ヤコビニ嬢主演。リド・マネッティ氏、カルロ・ベネッティ氏が共演している。原作者ファウスト・マリア・マルティニ氏は今イタリア劇作家中の売れっ子の一人だ。いわゆるテアトロ・グロテスコ(Teatro Grotesco英語で云うならGrotesque Theatre)派の作者の一人でこの派の親方は今では世界的に流行作家となったルイジ・ピランデルロ氏だ。ジェンナロ・リゲリ氏がフェルト会社で最後にヤコビニ嬢と製作した「旅」Viaggioも前述のルイジ・ピランデルロの作品から映画化したものである。ドイツへヤコビニ嬢と渡った氏は、第一回の作品として有名なミュルジェ原作の歌劇にもなっている「ラ・ボエーム」を選んだ。無声。
若くして夫を失ったジォヴァンナは一人息子の行末を楽しみに淋しく暮らしていた。前から彼女の友であり医師であるクラウディオは深く彼女を恋したが彼女は心を動かさなかった。或日子供は池に落ちたのが原因で死んでしまった。一通ならぬ嘆きを得た彼女は海岸の療養院に養ったが、その地で彼女は更に一人の貰い子をした。月日は流れその子供も今はサンテ・フレッツァなる立派な青年となった。そして海軍提督の娘ラウラと許嫁であった。学校では今ではジョヴァンナを恋するクラウディオの助手を勤めていた。母に対する愛情の怪しくも恋に変わって行きつつあるサンテはその母を恋する教授クラウディオに憎しみを感じ始めたが、遂に彼に対して恥辱をさえ与える行為となって爆発した。何となく思い沈む息子に気づいた。ジョヴァンナは環境を変えるべくラウラとサンテを伴いヴェネツィアに来た。母の心尽くしに背き得ずサンテは心きめてラウラと結婚する気となり、サント・ジョヴァンニの祭の夜、ラウラの父の艦内で婚約披露の宴が催された。サンテの心はしかし暗い。招かれたクラウディオが母に恋を打ち明ける所を見て彼は制しきれぬ憎悪から一小瑣事に事よせ憤然と詰まった。かくて両者の間に決闘の約束が成ったサンテを家に連れ帰った。ジョヴァンナは彼の此の行動の何故かを尋ねた。サンテは貴女を自分から奪おうとするクラウディオが憎まれると云うジョヴァンナはいやそれは間違いだ、あの方は親切でお前には父としての愛を持って居る、私がお前に対する愛は元はあの方の育てたものだと云う。その私に対する貴女の愛を今奪おうとするのは誰だ、クラウディオその人ではないか!とサンテの口をついて出る言葉は既に嫉妬となった。彼は気も狂わしく、ジョヴァンナの唇に、そは母親に対するならぬ、恋人としての接吻を与えた。彼女は初めて覚った。息子は己れに恋して居る。その自分の今までに抱くこの男に対する愛情は?ああ恋であったかも知れない--ヴェネツィアの夜は明けた。彼女はクラウディオを訪れ決闘を止めさせようとしたが彼は断然聞き入れない。サンテと自分と何れをより愛するかときく。サンテは息子以上のものと答える彼女の心には怪しい情熱がうち震う。彼の室を出るが否や彼女は倒れてしまったがラウラに助けられて正気に返った。彼女は決心した。母としての存在に失敗した自分が此の二人の男の間にどうして生きていられようか。ラウラさん末長くサンテを幸福にして下さる様にと、一葉の写真をサンテに残してジョヴァンナは淋しい世界の旅に上った。
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