乙羽信子
中年の女
能狂言「鉄輪」と、同じ人物設定の現代劇によるオリジナルシナリオとを並列構成して、嫉妬の執念を追究する。脚本・監督は「裸の十九才」の新藤兼人。撮影も同作の黒田清巳。
古代--十一世紀。貴船神社の丑満時、嫉妬に燃える中年女が呪いの五寸釘をワラ人形にうちこむ。丑刻語りである。几帳の中で熱い抱擁を交わしている男女、中年の女の夫と愛人の若い女である。突然、女が身もだえしてのげそる。うちこむ五寸釘が呪いをかけてくるのである。現代--ベッドで悶える裸の男女。古代の男と若い女である。電話のベルが鳴る。受話器を取るが、相手の声は聞こえない。電話のベルと男の動作がくり返される。あるアパートの一室。向いあって坐っている中年の男と女。男は十五年連れ添った妻に離婚を宣言する。しかし、妻は「別れません」と無表情にくりかえす。古代--丑刻語りの満願の日。暗闇の中より神のお告げがある。「赤い衣を着、顔に朱を塗り、頭に鉄輪を着け、怒りの心をもつならば、勿ら鬼神になろう」。嫉妬の鬼女となった女が狂ったように乱舞する。呪いに耐えかねた男が、陰陽師阿部晴明を訪ね占ってもらう。女の恨みが深く、命も今宵限りだといわれる。現代--男と若い女が手相を見てもらっている。「怪しげなる妖気がのぼっている、ジェラシーの神の怨みだ」といわれる、その時すうっと中年女が通りすぎる。男と若い女は、電話から逃れるため、高原のホテルに居る。ベッドで二人の濃密なラブシーンがはじまる。突然、電話のベル、まるで生きもののように鳴り続ける。「どうしてここがわかるの、この電話に殺される!」若い女は男にすがりつく。古代--生霊が、頭に鉄輪を着け、伏した男と女の枕に迫ってくる。現代--生霊は二人のベッドに迫る。枕もとを呪いをかけて通りすぎる。「きっと奥さんが来てるのよ」と女が言う。隣室に、一人で誰か泊ってるらしい。正体をつかもうとするが失敗。ふと廊下を中年女が通った気配がした。二人は追って出たが、中年女は霧の中へ消えた。古代--晴明の懸命な祈祷によって、生霊はしだいに力が弱まってきた。一方男も生霊に追いつめられ、息もたえだえにあえいでいるが、生霊はしだいに衰えてきた。「おお無念なり、口惜しき」と叫んで生霊が消えてゆく。現代--男と若い女が湖畔に立っている。突然、若い女が突きとばされて湖の中へ落ちた。男が助けあげる。岸辺を去ってゆく中年女。ぬれ鼠の二人は、ホテルに戻る。途端に鳴る電話。男が受話器を取り叫ぶ「どこにいるんだ、人殺し!」、やはり返答がない。古代ー吹きすさぶ荒野、頭に鉄輪を着け、顔には朱を塗り、口は裂け、釣り上った目の鬼女が嫉妬の焔を燃して呪いをかけつづける。
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