山村聡
老人
“中央公論”連載谷崎潤一郎原作を「やっちゃ場の女」の木村恵吾が脚色・監督した文芸もの。撮影もコンビの宗川信夫。
七十七佐次兵衛歳の卯木督助は、軽い脳溢血で寝たり起きたりの日日を送っている。それに今では完全に不能である。が、--不能ニナッタ老人ニモ或ル種ノ性生活ハアルノダ--と思っている。そんな督助の性と食欲だけの楽しみを息子浄吉の嫁、颯子は察している。ある日、老人がベッドでぼんやりしていると、突然浴室の戸が開き、颯子が顔を出した。「アタシ、シャワーノ時ダッテ、ココ閉メタコトナイノヨ」老人を信用しているからか、入って来いというのか、老いぼれの存在なぞ眼中にないのか、なんのためにそんなことを言うのだろう。夜になりシャワーの音がして来た。幸い誰もいない。老人は浴室へにじりよった。「入リタインデショ、早ク入ッテ……」。老人のあぶない足元が水に濡れてすべりそうになる。それでも颯子の足に取りすがる老人。「足ニ接吻スルクライ、オ許シガ出タッテヨサソウナモノダ」「ダメ! アタシソコハ弱イノヨ」--。「アアショウガナイ、ジャア、モ一度、ヒザカラ下ナラ許シテヤル!一度ダケヨ」その接吻の代償に老人は颯子に、従兄の春久にバスを使わせることを承知させられた。颯子と春久は出来ているのだろうか?……。ある夜、また老人の部屋で颯子と二人になった。やにわに背後から抱きすくめ首筋へ接吻する老人。「オ爺チャン、イヤダッタラ、誰ガソンナコトシロト言ッタノヨ、ネッキングナンテ」いきなり床に手をつき三拝九拝する老人。「ジャ、ナンデモワタシノコトキク?」結局老人は三百万もする猫眼石の指輪をせしめられてしまった。秋が来て、冷たい風が吹き始める。京都へ来て老人にひとつのアイデアが生まれた。自分の墓に仏足石を彫ろうというのだ。その足型は、颯子のものでなければならない。宿で老人はいやがる颯子の足の裏に朱墨を塗り、ちょうど魚拓を作るような足型をとった。何度も何度も良いものが出来るまで異常なまでに続けた。晩秋の卯木家でブルトーザーの唸りが騒々しい。庭の一角にプールを作ろうというのだ。それを見つめる老人の若々しい眼。「プール作ッテネ、ソシタラ、アタシ泳グノ見セテアゲル」。老人はたった一つのこの言葉を何度もくりかえしていた。
老人
夫人
浄吉
颯子
五子
陸子
春久
佐々木
お静
お富
おハル
野村
杉田
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油谷茂
井上
矢野
山野
ひろみ
宿の女中
田端
鈴木
鈴木の弟子
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