市川雷蔵
上総介信長
大佛次郎の歌舞伎劇から、「遊太郎巷談」の八尋不二が脚本をものし、「人肌牡丹」の森一生が監督した時代劇。撮影は「人肌牡丹」の相坂操一。
戦国時代。若き織田信長は、尾張八カ郷を収め、清洲城により、駿遠三カ国の領主、今川義元と対していた。日高城主、山口左馬之助は歴代織田家に仕えていたが、今川方の優勢に屈し、内応の約束をした。娘の弥生を人質として清洲城に送ったのは、これを隠すためである。彼女を林美作守と平手五郎右衛門が出迎えた。美作守は名古屋の老臣林佐渡守の伜であり、五郎右衛門は信長の守役平手中務の長子である。信長は奇行で知られていたが、実は遠謀深慮の武将であった。林佐渡守が信長の弟信行を擁して、今川勢に降り、尾張の安全を計ろうとしていることも見抜いていたし、山口左馬之助の内通も承知していた。さらに、今度、弥生の世話係にされた腰元、小萩が織田に亡された一族の遺児であり、左渡守と通じて信長を仇とねらっていることも。諸国に、間者たちを放ったのだ。この権謀術策には足軽頭の木下藤吉郎が一役買っていた。--信長は信行をむりやり馬に乗せ、ケガをさせた。弟の体の弱さを憂えてのことであったが、いつもの乱暴とされた。先殿の三回忌法要に、信長は姿を見せなかった。--美作守は弥生に恋を打ち明けたが、彼女は信長を慕っていた。小萩は平手中務の三男、甚三郎をあやつり、信長を刺させようとする。--平手中務が自害した。信長の行動をいさめるためである。信長は遺書をつかんで男泣きに泣いた。今川の大軍が越境してきた。城門を開いた山口左馬之助は今川勢の手で斬殺された。そうなるように信長が手をうったのだ。前線の城は次々とおちた。甚三郎は盃をくむ信長のスキを狙ったが、果せなかった。中務の次男、監物はこれを知ると、小萩を斬ろうとする。そのとき、美作守などが救いに現れるが、五郎右衛門の槍に刺され、--裏切者は彼ら三兄弟に成敗されたのである。信長は弥生からその慕情を告げられた。彼は彼女のうつ鼓に合せて謡をうたい出陣の舞を一さし舞った。豪雨の中を、数十騎を連れ、桶狭間をめざして馬を駆った。今川勢は敗走し、信長は義元の首級をかかげた。
上総介信長
弥生
小萩
林美作守
平手五郎右衛門
勘十郎信行
木下藤吉郎
平手甚三郎
平手中務政秀
山口九郎二郎
大石寺覚円
岩室長門守
林佐渡守
山口左馬之助
平手監物
少年時代の信長
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