堀雄二
三木太郎
製作は「希望の女」の井内久「人間模様」につぐ市川崑の演出作品で、シナリオも彼が書いた(和田夏十は市川崑のペンネーム)撮影も「人間模様」の小原譲治が当る、物語が服部良一作曲の数曲で構成されているので音楽は服部良一が担当する、出演者は「望みなきに非ず」の堀雄二「深夜の告白」の月丘千秋「結婚三銃士」の笠置シヅ子「嘆きの女王」の月丘夢路「深夜の告白」の江見渉、斎藤達雄である。
引揚者の一人作曲家三木太郎は天涯孤独、薄汚いアパートの部屋と三文キャバレーだけが彼の世界である、三文キャバレーの歌手福子と給仕のしんは三木に対してひそかな愛情を抱いていた、だが三木は恋を語る事が出来ない、彼には忘れられない人があった、小田切優子--その優子とは信州の片田舎でふと言葉をかわしただけであった、そして名前も知らず住所も知らず別れたのである、消す事の出来ない想いが唄になる“湖畔の宿”もその一つだ、そして心のウサのすてどころは酒に求める外はない、夜更けの舗道で酔払った三木の耳に、女の悲鳴、乱れる足音、男の鋭い声が流れる、短刀を手にした暴漢が女に迫っている、三木はビックリした。その女こそは忘られぬ優子ではないか、男の肉体がもつれあって暴漢は倒れた、刑は一年、三木は刑務所を出て来た、そして彼の留守を待っていたのはしんである、しんの真心を知った三木はしんとの結婚を約束した、だが本当にしんを幸福にする事が出来るだろうか、三木は酒にひたりながら考えるのだ、夜のプラットホームで優子のと三度目の邂逅、だが優子は既に人の妻であった、しかし忘れる事が出来ない、“夜のプラットホーム”のメロディーはキャバレーから流れてくる、それは優子忘れじの三木の魂の叫びに外ならない、しんの真心から愛情が判れば判る程三木の心は苦しい、だが優子は既にこの世の人ではなかった、三木が訪れたフランス風の高い窓からのぞいたベットには肺を患って死んで行った優子の死顔が見られたのである、雨の銀座裏、“雨のブルース”のメロディーが流れて、アパートの一部屋で三木は服毒自殺を図ろうとしたが、しんにとめられた、そしてしんはいうのだ「私も可哀想だけど、貴方も可愛想なのね、二人とも片想いだったんですもの」と……「いつまでも待ってますわ」というしんの声を思い出しながら三木は未来をみつめる眼を輝かして海辺にいつまでも立ちつづけていた。
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