エリザベス・テイラー
Marth
エドワード・アルビーの舞台劇を「ウエスト・サイド物語」のアーネスト・リーマンが脚色、ブロードウェイの演出家で、これが映画第1作のマイク・ニコルズが監督した2組の夫婦の愛と憎悪の物語。撮影は「アメリカ アメリカ」のハスケル・ウェクスラー、音楽は「クレオパトラ(1963)」のアレックス・ノースが担当した。出演は「いそしぎ」のコンビ、エリザベス・テイラーとリチャード・バートン、「愚か者の船」のジョージ・シーガル、ニューヨーク劇壇の新進サンディ・デニスの4人。製作は脚色者のアーネスト・リーマン。
現代のアメリカ。ニューイングランドの小さな大学の構内に建てられた住宅。土曜日の深夜その大学の教授夫妻ジョージ(リチャード・バートン)とマーサ(エリザベス・テイラー)がパーティで飲みつかれて帰ってきた。2人とも、もう中年の終わり。結婚生活23年目で、マーサの肌は、アルコール中毒と睡眠不足ですっかり荒れていたが夫を尻にしくことだけは、結婚当初と変わらなかった。マーサの父はこの大学の総長であり、1人娘の結婚相手は、総長の後継者としての椅子が約束されていた。2人が結婚した当時は歴史学に情熱を燃やすジョージにマーサはひどく惹かれた。が、それも2、3年のことで、それ以後は、2人とも相手の恥部をえぐり、皮肉や軽蔑で応酬し合うという、血みどろな果たし合いのような夫婦生活が続いていた。2人がパーティから帰ってほどなく若い夫婦の訪問客があった。この大学の、生物学教師ニックと妻のハニーだった。ニックは体格のいいハンサムな青年だが、ハニーの方は貧相で不器量。2人が結婚したのは、ハニーの父親の財産にニックが目をつけたからだ。酔いにまかせてニックは告白した。ジョージは最初から、この青年が気にくわなかった。体格的にジェラシーを抱いていたのだろう。一方マーサはニックに露骨な興味を示し、寝室に誘ったがジョージは見て見ぬふり、酔いにまかせて、ベッドでマーサのお相手をするニックの目的が、総長にとりいるためであることは言うまでもない。結果は悲惨だった。寝室から出てきたマーサは、自分が本当に愛しているのはジョージしかいないと知りながらも、口から出るのは、サディスティックな言葉ばかり。それを受けるジョージの口からも憎悪の言葉が……。やがてニックがハニーの手をとって現れた。彼女は酔いでバス・ルームに倒れていたのだ。そして彼女は、ジョージとマーサの1人息子で、21歳になるジムのことを聞きたがった。息子のことは決して話さないという約束の夫婦だったが、マーサがしゃべりだした。まるで自分1人の子供のように。その時ジョージが言いだした、ジムは昨日交通事故で死んだと。マーサが泣きくずれたのをきっかけに、若い訪問客は帰っていった。だが息子は本当に死んだのだろうか……。いや最初からいなかったのだろう。希望のない泥沼のような生活の中で、2人が作りあげた偶像だったのだろう。その偶像をジョージが今、自分の手でしめ殺したのだ。いつしか2人は寄りそい、やがて静かな声でジョージが歌い始めた。「バージニア・ウルフなんかこわくない、オオカミなんかこわくない」と。けれどマーサには、こわかった。恐ろしいような沈黙の中で、2人はいつまでも動かなかった。
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