アイリーン・ダン
Sally
「裏町」「シマロン(1931)」のアイリーン・ダンが主演する映画で、かつてノーマ・タルマッジが主演した「在りし日」と同じくマーティン・ブラウン作の舞台劇「貴婦人」に基づきフランセス・グッドリッチとアルバート・ハケットが共同脚色し「街の野獣(1932)」「ジンギスカンの仮面」のチャールズ・ブレイビンが監督に当たり、「戦う幻影」「怪物団」のメリット・B・ガースタッドが撮影した。助演者は「明暗2人女」「私の殺した男」のフィリップス・ホームス、「四十二番街」「夫婦戦線」のユーナ・マーケル、「動物園の殺人」「ドクターX」のライオネル・アトウィルィル、エキストラから抜擢された新人ダグラス・ウォルトン、「マタ・ハリ」「満蒙龍騎隊」のC・ヘンリー・ゴードン、「僕の自叙伝」のジーン・パーカー、「コンゴ」のミッチェル・ルイス等である。
1890年代の末、『ニューヨークの美女』というミュージカル・ショウは大当たりを取った余勢を駆って、大西洋を渡り英京倫敦で興業した。この一座の花形サリーは美しい、立派な気質の娘だった。倫敦でも奮家として聞こえているシンジョン家の息子レナードは彼女の舞台姿に惚れ、いつもの伝でサリーを口説きにかかったが、以外にも彼女が操正しい処女であることを知り、父親には内緒で結婚してしまう。しかし厳格な父親が到底この結婚を許さないことを知るレナードは、いつもの浮気の如く装って小遣い銭をねだっていたが、父親は深入りせぬうちに縁を切らせようと、二人の愛の巣を訪れて息子が唄い女と結婚していることを始めて知って驚き怒り、金は一文も遣らんと言って立ち去った。レナードはサリーを伴ってフランスへ行き、モンテ・カーロで賭博して一攫千金を試み、見事にとられてしまった。贅沢になれ、労働を知らないレナードは何うすることも出来ず、侘びしい生活に腐って、父親に詫びる事を決心してサリーと別れた。倫敦でレナードは父親から離婚しなければ勘当だと強く言われ、しかたなく縁切り状を書きサリーに送金を頼んで自殺した。その頃サリーはすでに身重になっていたが、父親はその事を彼女の手紙で知り、探偵をつけてサリーの行動を監視し、彼女が男児を分娩し、いかがわしいカフェで唄い女をして生活していることを知った。そこで彼は法律に訴え、サリーが子供を養育するに適しないから祖父たるシンジョンが引き取る由の礼状を持参してマルセイユへ赴きサリーから赤ん坊のレナードを奪ってしまう。20年後欧州大戦の末期レナードは出征していた。そしてサリーはブランシュ夫人と名乗ってパリでインチキ・ホテルを営業していた。レナードは祖父から女は魔性と吹き込まれて女を騙す事を平気になっていた。田舎娘エロイズはレナードに連れられパリのブランシュ夫人のホテルにやってきた。しかし彼女は夫人の情けで無事に帰宅したが、そのときエロイズの口から男がレナード・シンジョンと知ったブランシュ夫人のサリーは夢かと悦び、酔ったレナードを介抱してやった。夜明けの3時、レナードが帰宅しようとした時、怒り狂ったエロイズの父が飛び込んでレナードを扼殺しようとしたので彼は拳銃で彼を倒した。サリーは息子を庇うために犯人は自分で正当防衛だと述べた。公判の時レナードは証人として喚問された。しかしサリーの作り話は検事に看破され、ついにレナードが下手人であり、ブランシュ夫人は息子レナードを助けるために虚言している事が明らかにされた。だがレナードも正当防衛を認められ二年の懲役で済む事となった。今は母たる事を許されたサリーは刑務所に訪れて、刑期満了の暁米国に行こうと語りあったのであった。
Sally
Aubrey_St._John
Leonard_St._John
Ella
Leonard_Junior
State's_Attorney
Floise
Duval
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