ウィズコロナのトロント国際映画祭が閉幕、観客賞と批評家の選出がほぼ同じ結果に
第45回トロント国際映画祭は、クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』の観客賞受賞で幕を閉じた。本来ならば9月のトロント国際映画祭は、年明けのアカデミー賞に向けたアワード・シーズンのスタートで、作品賞候補の絞り込みが始まる場所。コロナ禍で異例中の異例である今年は、中止となったテルライド映画祭、オフィシャル・セレクションを発表するにとどめたカンヌ国際映画祭、北米からは渡航制限が厳しく参加が限定されたヴェネチア国際映画祭、それぞれの映画祭が熟考のうえで異なるアプローチを打ち出してきた。
トロント国際映画祭は劇場収容人数を限定し、ドライブインシアターや屋外の劇場を利用、プレスや業界関係者はすべてオンライン参加で、例年の6分の1程度の約50作品の上映を行った。だが、作品によってはオンライン上映を行わなかったり、Geoblock (地域制限)をかける作品もあり、必ずしも全作品がオンラインで観られるわけではない。前評判の高かったケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンが共演するフランシス・リー監督作『Ammonite』は、劇場のみの上映。北米配給を手がけるNeonは昨年『パラサイト 半地下の家族』(19)で4冠を勝ち取った配給会社で、11月に予定している全米公開の前にオンラインで観せるのは得策でないとの判断からだろう。オープニング作品の『David Byrne’s American Utopia』は、元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンがブロードウェイで行ったショーを、スパイク・リーがドキュメンタリーにした作品。北米では10月17日よりHBOのオンデマンドとHBO MAXで配信されるため、映画祭のプラットフォーム上では試写が行われず、HBOに直接申し込み試写リンクを得る必要がある。全員が劇場で同時に映画を観る通常の映画祭と違い、世界中どこからでもアクセス可能なオンラインならではのオペレーションに、各社頭を悩ませたようだ。
既報の通り、観客賞は『ノマドランド』、次点にレジーナ・キングの長編初監督作『One Night in Miami』、次点2位に地元カナダのトレイシー・ディア監督による長編初監督作『Beans』が選ばれている。米映画業界情報サイトIndiewireも、映画祭に登録しているジャーナリストに独自でアンケートを取り、彼らが選ぶベスト・オブ・トロントを発表している。
その結果、作品賞と監督賞が並びも含めて全て同じで、1位『ノマドランド』、2位『One Night In Miami』、3位『Pieces of a Woman』、4位『New Order』、5位『Another Round』という結果になった。出産時に受けたトラウマを克服しようとする女性の物語『Pieces of a Woman』は、ハンガリー出身のコーネル・ムンドルッツォ監督による初の英語劇で、Netflixにて今秋配信予定。本作で主演を務めたヴァネッサ・カーヴィーは、ヴェネチアで主演女優賞を受賞した。4位の『New Order』もヴェネチアで銀獅子賞を受賞した作品。日本でも『或る終焉』(15)が公開されたメキシコのミシェル・フランコ監督による意欲作で、持つものと持たざる者が断絶した社会で起きるクーデターを描いている。5位の『Another Round』はデンマークのトマス・ヴィンターベア監督が、『偽りなき者』(12)のマッツ・ミケルセンを再び主演に迎えた、ミッドライフ・クライシスに陥る男性4人組の物語。演技賞にも作品賞の5作品に出演する俳優たちが選ばれ、1位は『Pieces of a Woman』のヴァネッサ・カーヴィー、2位が『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンド。ドキュメンタリー賞は、中国の武漢におけるパンデミックを映した『76 Days』が選ばれている。
日本から出品されたのは、西川美和監督の『すばらしき世界』と、河瀬直美監督の『朝が来る』。どちらの作品も彼女たちの作品には珍しく原作があり、それゆえに演出の精度が研ぎ澄まされた作品になっている。観客賞同様、日本から出品された2作品も女性監督によるものだが、この2人の監督作品の海外での評価において、“女性”という形容詞はもうすでに必要のないものとなっている。
そのほか、ドキュメンタリーでは10代の環境アクティビスト、グレタ・トゥーンベリのドキュメンタリー『I Am Greta』、フィクションではフランスのフランソワ・オゾンが80年代の少年たちのひと夏を描く『Summer of 85』、旅先で事故に遭遇した女性(ナオミ・ワッツ)の再生の物語『Penguin Bloom』、魅惑的なインド音楽の世界を描く、チャイタニヤ・タームハネー監督の『The Disciple』など、佳作が揃っていた。
例年に比べ、Netflixやアマゾンなどストリーミング系の作品、アカデミー賞を視野に入れたスタジオの作品、北米のインディペンデント系作品がごっそり欠けているラインナップだったが、その定位置を丁寧に選ばれた50本の作品に譲り、それらを観客がしっかりと受け止めているような映画祭だった。観客とプレスの評価に乖離がなかったのは、映画祭が成功した証だと言ってもいい。トロントの観客や映画祭ディレクターは、そろそろ「アカデミー賞に最も近い映画祭」という呼び名を返上しようとしているのかもしれない。
文/平井伊都子
https://www.indiewire.com/2020/09/tiff-2020-critics-survey-toronto-best-films-performances-nomadland-1234587953/