『エルヴィス』主演俳優、オースティン・バトラーにインタビュー!「演奏中にヤジを飛ばされたのは悪夢だった(笑)」
ロックンロールの歴史を作り、没後もなお世界中に愛されているエルヴィス・プレスリー。このレジェンドの知られざる物語にスポットを当てたバズ・ラーマン監督の『エルヴィス』(公開中)が、日本でも好評を博している。輝かしい成功を支えた音楽への情熱に加え、ビジネスにしか興味のないマネージャーとの確執も生々しく描いた本作。主演を務めたのは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)や『デッド・ドント・ダイ』(19)で個性を発揮してきた30歳の注目株オースティン・バトラーだ。ポップカルチャーの大きすぎるアイコン、エルヴィスに彼はどう向きあったのか?バトラーの本作への思いを聞いてみよう。
ハリウッドのメジャースタジオの作品では初めての主演となるバトラー。大抜擢への道のりは、オーディションを何度となく受ける通常のプロセスとは異なっていたという。「まず、バズ(・ラーマン監督)に自分のビデオを送りました。その後にバズが連絡をくれて、彼とエルヴィス役について5か月ほど話し合い、その後にスクリーンテストを行って、一週間後に役を得られるかどうかの連絡をもらえることになったんです。僕はバズの大ファンだったので、たとえ役を得られなくても、これだけ長い間一緒に仕事をできたことに感謝しなければならないと思いました」。幸運にもバトラーはこの大役を射止めたが、プレッシャーも相当のものがあった。「決まったという知らせを聞いたときはうれしかったけど、すぐに怖くなってしまいました。なんといっても演じるのはあのエルヴィス・プレスリーで、この仕事には大きな責任を伴います。その日のうちに所作指導者に連絡を取り、すぐに仕事にとりかかろうということになりました。以来、撮影が終わるまで、一日も休みをとることはありませんでした」。
エルヴィス役に選ばれたのは、バトラーが音楽的な素養を持っていたことも大きい。監督に送ったビデオには、彼が“アンチェインド・メロディ”をピアノで弾き語るさまが収められていた。「13歳の時に父にギターを買ってもらい、これにハマりました。それ以前はバイオリンを習っていたこともあるけれど、夢中になったのはギターですね。一日に8時間、練習していました。ピアノはそのあとで、独学で身に付けていったんです」とバトラーは語る。「音楽はとにかく大好きで、自分にとってセラピーのようなものです。喪失感とか希望といった、感情を込めることができるし、表現することもできる。逆に音楽を聴くのも、またセラピーになりうるものです」。
楽器の演奏も歌も得意だったが、一つ問題があった。それは大勢の人の前で演奏した経験がなかったことだ。撮影開始前、バトラーはエルヴィスが実際に使用したナッシュヴィルのRCAスタジオへ赴き、映画用に“ブルー・スエード・シューズ”“監獄ロック”などのナンバーをレコーディングすることになったが、これは思い出深い体験となった。「すばらしい体験でしたが、緊張しました。僕自身レコーディングは初めてだったし、エルヴィスの時代と同様にバンドと一発録りでした。しかもバズはRCAスタジオのスタッフを全員呼び込んでオーディエンス代わりにしたばかりか、RCAの重役たちも呼んで来て、映画でのシーンと同様に“その髪型、どうにかしろ!”みたいなヤジを飛ばすよう頼んでいたんです。これから役に臨もうとする役者には悪夢のようでした(笑)」と、彼は振り返る。
「でもエルヴィスを演じる心構えが整ったし、結果的には良い体験になりました。エルヴィスだって、最初はなにもわからぬままいきなり水に放り込まれて、“泳ぎなさい”と言われるようなものだった。そして彼は恐怖心を克服して観客に音楽を届け、世界に影響をあたえた。僕は撮影を通して、彼の軌跡を追体験できたんです」。
ロックンロールの演奏とともにエルヴィスのカリスマ性を、人間味豊かに体現したバトラーの熱演は、まさに本作の大きな見どころだ。「エルヴィスが独特である点は、あれだけの音楽的な才能に恵まれながらも、自分で曲を作ったことがないんです。自分が歌い演奏する曲を、ステージなり、スタジオなりで選択してきた。その時、その時の気持ちにフィットする曲を選んでいたんですね。音楽によってどんな感情が喚起されるのか?これを考えるのは、演じるうえでとても大事なことでした」とバトラーは語る。
母との死別や、愛する女性プリシラとの出会いや結婚、別れなどのエモーショナルなエピソードは劇中の楽曲にもリンクする。「エルヴィスを演じる時、外見は必ずしも重要ではありませんでした。彼がどんな感情を抱えてステージに上がり、それをオーディエンスに伝え、それによってオーディエンスが彼にどんな反応で返すのか?そういうサイクルが出来上がっていました」。
『エルヴィス』の世界的な大ヒットにより、バトラーはいま、これまでにないほどの注目を集めている。まるでエルヴィスがテレビ出演した後に、あっという間に全米の人気者になった時のように。「この映画に出たことで、エルヴィスから多くのことを学んだけれど、名声とどう向き合うのか?も、そのひとつです。彼は1956年のインタビューで、“忙しくて3,4時間しか眠る時間がない。様々なことがすごいスピードで流れていく”と語っていたけれど、僕もいま同じような気持ちです。もちろん、この映画に出られたこと、そのお陰で特別な時間を過ごさせてもらっていることには感謝しています。でも一方では、ぐっすり眠れる日を楽しみにしている自分もいる(笑)。役者という仕事を続けていけるのは幸運だし、この映画のように宣伝で世界を飛び回り、いろいろな出会いを経験しています。大事なのは、それに対して感謝を忘れないことだと思います」。
エルヴィスが世を去ってから45年が経ち、彼の姿を見たことがない若者も増えている。バトラーは、そんなレジェンドに新たな息吹をあたえた。話し方や歌い方、しぐさや動作を吸収して完璧になりきりながら、人間としての感情を繊細に表現した。『エルヴィス』を観れば、誰もが彼のファンになってしまうに違いない。
取材・文/相馬学