「待ってました!」の“ミイケ時代劇“に湧いたカンヌの住人
『無限の住人』カンヌ公式上映のソワレ、5月18日夜10時30分開始の会場リュミエール劇場大階段、レッドカーペット前のファンの熱狂はすごかった。中央には日本のバラエティ番組の取材チームがなぜか柔道着姿で待ち構え、その周りにはコンサートなどでよく見る応援グッズを持った女性ファンたちが"黄色い歓声"を振り絞り、そして野太くフランス語なまりのある歓声は監督の名前を叫んでいる。カオス、である。
カンヌ映画祭は三池崇史が好きだ。今回の『無限の住人』は6回目の登場になる。”ミイケ”の激しくユニークなバイオレンスシーンは深夜の映画祭を興奮の渦に巻き込む存在なのだ。それが時代劇となれば、それこそ"待ってました!"と声がかかろうというもの。三池にとって2作目となったコンペ出品作である『一命』は時代劇だった。しかし小林正樹『切腹』を、オーソドックスな手法でリメイクした『一命』は、三池にとってはチャレンジであったものの、カンヌの観客が待っていた"ミイケ時代劇"ではなかったのである。
そして今回、彼等が夢見ていた"ミイケ時代劇"がやってきた。
現地時間5月18日午後10時30分。レッドカーペットの敷かれた大階段を上がり、リュミエール劇場ロビーに現れた三池監督・木村拓哉・杉咲花が観客席に入ると、総立ちの観客が拍手と歓声で三人を迎えた。『無限の住人』は観客の期待を裏切らなかった。異形の賞金稼ぎ集団との対決シーンから観客は盛り上がる。原作が漫画だけに、敵方のキャラクターの異形ぶりはほぼ怪人級だし、その武器などは実践向きとはとうてい思えないような大きさと形のガジェットばかり。そのいちいちに観客は大喜びするのだ。キタッーー!という感じなのだろう。
「カンヌのお客さんは自分の映画の見方を持っていて、それを表現するんですね。ここはこう来るだろうと言うところにどっと来てくれるので勇気づけられます。スタッフやキャストがそれぞれに作り上げてきたものが報われたな、と思います」と三池。キャストも含めたスタッフを、作品に欠かせない仲間として大事にする三池らしい感想だ。「今回は万次を木村拓哉が演ずるというのが決め手で、そうじゃなかつたらやっていなかった」と監督に言わせた木村拓哉が三池組に参加、「この時期にこの作品に出会い三池組の仲間になれたのは運命的かもしれない」と木村は言う。
木村は続ける。「映画は完成したらゴールだと思っていましたが、ここにやってきてお客さんと一緒に見て、そのリアクションをみていると、ゴールは観客なんだなと思いましたね。スクリーンと観客がコミュニケーションを取る感じ、一方通行じゃないんです。スタッフ・キャスト全員の代わりに僕ら三人がここにいるという気持ちなので、観客から仲間で讃えられたという感じがして最高です。三池組に参加できて光栄です」
最大の興奮はクライマックス、凜の危機に駆けつける万次の登場である。ひときわ大きなどよめきと拍手で客席は一丸となった。歌舞伎なら「いよっ! 待ってました」とか「高麗屋!」と大向こうから声のかかるところである。
「歌舞伎の演出をしてみてわかったんですが、舞台役者は観客一人一人が役者に向けてはなっている"気"と対決して自分の"気"を放っているんです。映画俳優は一台のカメラに向けて"気"を放っているだけですが、その何倍もの"気"力が必要なんです。そこんとこでいうと、25年間毎年何万人もの人に向かってライブをしてトップで居続ける木村拓哉の"気"力は尋常じゃないです。だからこちらも木村拓哉につまんねぇなと思わせる瞬間を与えない現場を作ってやろうと、気合いがはいるわけですよ」と監督。
「時代劇は現代劇よりも時間や空間を凝縮して、想像も加えて作ることができるのが面白い。今回は原作漫画がありますが、漫画の世界を血肉で表すという面白さと、漫画なら一人でいくらでも世界を広げられるけれど映画となると、何人ものスタッフ・キャストの力を振り絞って合わせないとできないという映画の面白さ、それを合わせたものだと思うんです。時代劇の奥はすごく深いのでこれでもう十分とは思いませんが、作品としてやりきった満足感はあります」と三池監督はカンヌの夜景を背に、言い切ったのである。【取材・文/まつかわゆま(シネマアナリスト)】